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第60話 逃走(四)

 ◇ ◇ ◇


 一月二十六日――反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンによる襲撃があった翌日、ランチェスター学園はいつも通りの日常を取り戻していた。

 生徒たちは各々いつも通りの生活を送っている。


 そんな中、ジルヴェスターの姿は学園長室にあった。

 学園長室にある応接用のソファに腰掛けている。


「二人共、昨日はご苦労様。任せっきりで悪かったわね」


 ジルヴェスターの対面のソファに腰掛けているレティが労いの言葉を紡ぐ。


「いえ、私は何もしていませんので」


 ジルヴェスターと同じソファに腰掛けているクラウディアが苦笑する。

 ジルヴェスターが右側で、クラウディアが左側の並びだ。


「気にするな。お前の立場なら人付き合いも大事だろう」

「そうです。学園長は替えの利かない御身なのですから」


 ジルヴェスターの言葉にクラウディアが同調する。


 昨日、レティは対抗戦についての会議の為、セントラル区にある魔法協会本部に赴いていた。

 会議だけではなく、魔法師界のお歴々との晩餐などもあり、泊まり掛けの用事になっていたのだ。


「本当にタイミングが悪かったわね」


 レティが溜息を吐く。


「仕方ないだろう。生徒の中にヴァルタンの一員がいたんだ」

「学園長のスケジュールが筒抜けになっていましたから」


 ジルヴェスターの言う通り、ランチェスター学園の生徒の中にはヴァルタンに加わっている者がいた。

 その為、レティのスケジュールはヴァルタンに筒抜けになっていた。


「全く頭が痛いわ」


 一層深く溜息を吐くレティ。


昨日さくじつ、その生徒たちをキサラギ風紀委員長が拘束しました。現在は謹慎処分になっております」


 昨日、風紀委員と統轄連の一部の者が共闘して襲撃者を撃退し拘束した後、カオルは一人で内通者の存在を探っていた。

 その後、見事に内通者の一人を発見して拘束し、尋問の後に関与した生徒を全て捕らえることに成功していた。

 生徒会、風紀委員会、統轄連が事実関係を査問し、謹慎処分を言い渡して現在に至る。


「学園長には改めて処罰を検討して頂きたく存じます」

「そうね。一度その子たちには私も直接会って話すことにするわ。処分はその後に改めて通達します。今はそのまま謹慎処分にしておいてちょうだい」

「畏まりました」


 昨日は不在だったレティに改めて内通者の処分を検討してもらうことにする。

 ランチェスター学園が如何いかに生徒の自主性を重んじる校風とはいえ、今回の件に関しては学園内だけの問題で収まる話ではない。ヴァルタンなどの反魔法思想者はもちろん、魔法師界や国政にも関わる問題だ。生徒間で安易に済ませていい問題の域を超えている。


「――それでジル君、ヴァルタンの首魁は捕らえたのよね?」


 レティは紅茶を一口啜った後、ジルヴェスターに視線を向けて問い掛ける。


「ああ。面倒だから事後処理はじじいに丸投げしたが」

「……」


 ジルヴェスターの返答にレティはジト目を向ける。

 隣でクラウディアが苦笑している。


「そう。フェルディナンド殿も大変ね……」


 ジルヴェスターがじじいと呼んだ人物は、七賢人のフェルディナンド・グランクヴィストのことであった。


「でも、フェルディナンド殿に任せておけば上手いことやってくれるのも確かね」

「だろ?」

「ええ」


 レティも苦笑してはいるが、ジルヴェスターの処置には納得する。


「ついでに襲撃してきた連中の件も丸投げしておいた。レイにアウグスティンソン隊との間を取り持つように言っておいたからな」


 昨日ランチェスター学園を襲撃した者たちのことも、フェルディナンドに丸投げしたと軽い口調で言う。


 昨晩遅くにフェルディナンドに念話テレパシーを飛ばして魔法協会本部に呼び出し、事後処理を全て丸投げしていた。細かい事情はレイチェルに尋ねるようにと、ろくに説明もせずにだ。


 丸投げされたフェルディナンドは深々と溜息を吐いて苦言を呈したが、全てを請け負ってくれた。

 海千山千のフェルディナンドもなんだかんだ言ってジルヴェスターには甘いところがある好々爺こうこうやであった。


 現在、捕らえた者たちは全員魔法協会本部の地下牢に入れられている。

 魔法協会本部の職員は忙しなくしていると思われる。魔法協会だけではなく、七賢人を始め政治家たちも汗を流していることだろう。


「レイチェルのことをこき使ってばかりいないで少しは労ってあげなさい。そして休ませてあげなさいな」


 レイチェルはジルヴェスターに酷使されているのではないか、と心配になったレティが苦言を呈す。深く溜息を吐いて額に手を当てる仕草は、心底頭が痛いと言っているように見受けられる。


「ああ」


 ジルヴェスターは素直に頷くが、本当にわかっているのかと疑いたくなる軽さだった。


「今回は風紀委員会と統轄連の尽力により何事もなく済みましたが、今後は体制を見直す必要があるかと存じます」

「そうね。それは私の方でも取り掛かっておくわ」


 話が止まったタイミングを見計らってクラウディアが意見を提示した。


 今回は何事もなく済んだが、今後同じ轍を踏まないとも限らない。

 襲撃を許したということは、セキュリティ面など何かしらに見直すべきところがある証拠でもある。


「すぐにできることと言えばカウンセラーを増員することね。伝手を当たってみるわ」


 ヴァルタンの一員に加わる生徒がいた。

 魔法師でありながらヴァルタンに組するということは、何かしらの事情があったのは明らかだ。十代の若者は精神的に不安定なところがある。悩みや葛藤などを抱え込むこともあるだろう。


 その為、生徒の精神面のケアを怠れないのがわかった。既に学園にはカウンセラーは常勤しているが、人員を増員する必要があるだろう。


「生徒会でも改善点を洗い出してみます」

「ええ。お願いね」


 より良い学園にするのはそれこそ生徒会の役目だ。

 生徒がより快適に勉学に励める環境を構築する必要がある。寮暮らししている生徒にとっては生活の場でもある。安心して暮らせる環境は必須だ。生活に不安を抱えたままでは勉学にも悪影響が出る。


 その後も三人で報告や意見交換をし、最後には世間話で談笑してその場はお開きとなった。


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