アビーは自分が雷撃で焼き殺される未来を想像していた。
しかしその未来は未だに訪れず、何故か眼前で衝撃が起こっている。
そして壁に
一連の感覚に疑問を抱いたアビーはゆっくりと瞳を開く。
「良かった。間に合いましたね」
「レイチェル様……」
すると眼前にはレイチェルがおり、自分の身体を支えていたのだ。
その事実に一瞬理解が追い付かなかったが、徐々に状況を把握したのか慌ててレイチェルから離れる。
「も、申し訳ございません!!」
助けてもらったことと、支えてもらったことを理解して手を煩わせてしまった事実に罪悪感と情けなさが自身の胸中を覆い、大袈裟とも言える態度と勢いでレイチェルに向かって頭を下げる。
「構いませんよ。頭を上げてください」
「い、いえ、状況から察するにレイチェル様に窮地を救って頂いたようですので、謝罪させてください! 足を引っ張ってしまい申し訳ありません!」
「本当に構いませんよ。それに謝罪よりも感謝の方が私は嬉しいです。その方がお互い気持ちがいいですしね」
レイチェルは笑みを浮かべてアビーを諭す。
「わ、わかりました。すみません。いえ、助けて頂きありがとうございました」
「ええ。どういたしまして」
諭されたアビーは落ち着きを取り戻すと、今度は謝罪ではなく、感謝を伝えた。
「――あっ! 敵は!?」
アビーはたった今まで敵と対峙していた事実を失念していた。
慌てて周囲を見回しエックスの姿を探す。
「既に逃走したようです」
レイチェルが伝える。
エックスはアビーを
「申し訳ありません。私がもっとしっかりしていれば……」
アビーは自分の役目を全うできなかった事実に肩を落とす。
「逃走を許してしまったのは仕方ありません。切り替えましょう」
レイチェルはそう言うと、アビーの右肩に手を置いて続きの言葉を告げる。
「何よりあなたが無事で良かったです。命がなければ雪辱も果たせませんから」
「……そうですね。ありがとうございます」
アビーはレイチェルの言葉に救われ、
「――それにしても
「ええ。正直侮っていました……」
「そうですね。私も少し認識を改めないといけないようです」
エックスがアビーを
レイチェルはアビーが
「第六位階の魔法を扱える魔法師が反魔法主義者とは予想外でした」
想定外の相手にレイチェルは嘆息する。
「私には第六位階の魔法を扱えるのに反魔法思想になる意味がわかりません」
同調するアビー。
「悔しいですが、私でも第六位階の魔法を行使するのは厳しいです。そんな魔法を扱えるのなら魔法師として大成しているはずです」
「反魔法思想になる見当がつきませんね」
中級三等魔法師であるアビーでさえ、第六位階の魔法を行使するのは厳しいのが現実だ。
それだけ第六位階の魔法は行使するのが難しく、相応の魔力を消費する。
本来第六位階の魔法を扱える者ならば、魔法師として順風満帆の生活を送れるはず。
魔法師としての自分の地位を手放すことになりかねないのだ。反魔法思想になる理由などないだろう。
だからこそエックスは不気味な存在に思える。
「実力は最低でも中級魔法師以上――もしかしたら上級魔法師相当の実力を有しているかもしれませんね」
レイチェルはエックスの実力を上方修正する。
そもそもエックスの存在は把握していたが、魔法師なのか非魔法師なのかは判明していなかった。
魔法師である可能性も加味して行動していたが、エックスは想像以上の実力を有していた。
「あの状況を打破できるレイチェル様もさすがですね」
「ああ……少し無茶をしました」
「無茶ですか?」
アビーは
そのような状況を打破したレイチェルの実力もさすがだと思ったアビーは、尊敬の念を向ける。
対してレイチェルの表情は苦笑交じりであった。
その表情と言葉にアビーは疑問を浮かべる。
「ええ。あと少し遅れていれば間に合わない状況でしたので、
「――
「
「……」
「まあ、
「…………」
アビーは巻き込まれていた未来を想像して身震いした。
――『
もしあと一歩遅れていたら、アビーは
どうせ間に合わずに終わるのならば、巻き込む可能性はあっても
アビーは
「――それよりも左腕が焼け
レイチェルはアビーの焼け
「
「
その為には出し惜しみしなくてもいい魔力量と技量を有していなければならない。
故にエックスの実力が窺える要素だ。
「少し失礼しますね」
レイチェルはアビーの左腕に自分の左手を
すると、焼け
役目を終えたのか左腕を覆っていた水が消えると、アビーは自分の左腕の状態を確かめるかのように数回拳を握る動作をする。
「一応治癒しましたが、一度しっかりと診てもらってください」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
一連の流れからわかるように、レイチェルはアビーの左腕を治癒した。
レイチェルが行使した魔法は水属性の第四位階魔法――『
レイチェルが治癒魔法を行使してアビーの傷を癒したが、彼女は治癒魔法のスペシャリストではない。支援を主に担う魔法師でもない。
彼女の言う通り、専門医に左腕の状態を診てもらうのが賢明だろう。
「今日はこの辺にして、一度アウグスティンソン隊のみなさんと合流しましょう」
「了解です」
レイチェルが引け上げを提案すると、アビーは頷いて同意する。
そして二人は裏口から外へ出た。
「もう結構遅い時間ですね」
夜空を見上げながら呟くレイチェル。
「満月ですか。綺麗ですね」
彼女が見つめる先には、満月が存在感を主張するかのように光り輝いていた。
「そうですね。まるで自分の失態を励ましてくれているかのような気がします」
「ロマンチックですね」
「……」
アビーは満月を見つめて感慨に耽っていると自然と口から言葉が出た。
その言葉に対してレイチェルが微笑みと
「ですが、とても素敵です」
「……ありがとうございます」
今度は心からの笑みを浮かべるレイチェル。
「――さ、さあ、戻りましょう!」
居た堪れなくなったアビーは、誤魔化すかのようにアウグスティンソン隊との合流を促す。
「そうしましょうか」
レイチェルよりアビーの方が年上なのだが、年齢差が逆に感じるのはレイチェルの貫禄故なのであろうか。
そうして二人は周囲に漂ったなんとも言えない雰囲気を放置して、その場を後にした。