◇ ◇ ◇
「――止まりなさい!」
裏口で待ち構えていたアビーが、姿を現したエックスへ静止を促す声を上げた。いつでも魔法を行使できる態勢で迎え撃つ。二人の間には二十メートルから三十メートルほどの距離がある。
エックスが逃走する為には、裏口を塞いでいるアビーを排除しなくてはならない。
「止まれと言われて素直に立ち止まる者がいるとでも?」
そう言うと、エックスはアビーへ向けて右手を
「
エックスの右手首にある腕輪型をMACが一瞬光ると、魔法が発動された。
「くっ」
すると、対面にいるアビーが突然苦悶に耐えるような表情に変わった。
――『
ダメージは傷などの目に見える形で現れないので、傍目にはダメージのほどは窺えない。
手を
聖属性の第四位階魔法である
だが、残念ながらアビーは聖属性の適正を有していない。自力で解除するのは不可能だ。
エックスが魔法を解除するか、行使し続ける魔力が枯渇しない限りは身体能力を低下させられ、ダメージを与え続けられることになる。
「
アビーもただやられているだけではない。
裏口に近づけさせない為に魔法を放つ。右手の中指に嵌めている指輪型のMACが一瞬光輝いた。
指輪型MACを起点に風が発生すると、エックス目掛けて勢いよく向かっていく。
「
エックスは魔法を行使して自身の眼前に鉄の壁を出現させた。
――『
対して――『
「
鉄の壁から横に逸れて射線を確保したエックスが魔法を放つ。
エックスの右手を起点に稲光が発生し、アビー目掛けて一直線に雷光が飛んでいく。
「
雷撃から身を守るように自身の眼前に氷の壁を生成したアビーの判断は迅速だった。
――『
避けても追尾してくるので回避は意味を為さない。
実体に衝突するか、迎え撃つかしない限りは防ぐことが不可能な魔法だ。
そして
アビーは油断していたわけではないが、魔法に込めた魔力量が甘かったようだ。
「――くっ」
貫通した雷撃をアビーは瞬時に右側にステップを踏んで回避し直撃は免れたが、左腕を焼かれてしまう。
アビーは焼かれた左腕に一瞬視線を向ける。
(……駄目ね。もう左腕は使い物にならないわ)
彼女の左腕は既に感覚がなかった。全く力が入らず動かすことすらできない。
その事実を瞬時に受け入れたアビーはエックスに視線を戻す。
すると眼前には煙が発生しており、辺りを埋め尽くすように広がっていく。
(煙……? まずい!)
エックスがいた場所を起点に周囲へ広がっていく煙を見たアビーは焦りを浮かべる。
(
アビーはエックスが行使した魔法を一瞬で判断し内心で舌打ちする。
彼女の判断は正しかった。
エックスは
その魔法が無属性の第三位階魔法――『
アビーは煙が辺りを包み視覚を確保できない状況の中で、エックスを逃がすまいと裏口を背にして陣取り、神経を研ぎ澄まして周囲を窺う。
(どこから来る? 次は何をしてくる?)
思考を止めずにエックスの行動を予測する。
(――!?)
すると、突如アビーの身体が重力を無視したかの如く側面の壁に吸い寄せられていく。
(これは……)
そのまま吸い寄せられると、壁に
(……しまった!!)
自分の置かれている現状を理解したアビーは一層焦りを深める。
エックスが行使した魔法が何かを把握した彼女は、懸命に身動ぎするがビクともしない。
そして煙が辺りを包む中、アビーの目には予測していた通りの光景が広がっていた。
(……ここまでね)
その光景を目の当たりにしたアビーは
(レイチェル様、申し訳ありません)
アビーは脳内にレイチェルの姿を思い浮かべると、力になれなかったことを謝罪する。
(隊長もすみません。みんなもごめんね)
次にアウグスティンソン隊の隊長であるマイルズと、隊員たちの姿を思い浮かべた。
アウグスティンソン隊の代表として上級魔法師であるレイチェルの力になれなかったことと、先に逝くことを詫びる。
(ビルもごめんなさい。先に
最後に相棒のビルの姿を思い浮かべて謝罪すると、瞳を閉じた。
そして、壁に
その時――
「
呟くように発せられた言葉と共に、アビーの眼前で衝撃が起こった。