◇ ◇ ◇
風紀委員らが西門で攻防を繰り広げていた頃、ジルヴェスターの姿は学園の東門を出て一、二分のところにあった。
冷気を孕んだ夜風がジルヴェスターの頬を撫でる。
「ここか……」
目的の場所を発見したジルヴェスターは建物に視線を向けて小声で呟く。
建物は住居にも事務所にも使えるタイプの少し古めのアパートだ。
(外に二人、中には三十人といったところか)
ジルヴェスターは魔法を行使して建物を探っていた。
使用した魔法は――『
この魔法は音属性の第四位階魔法であり、超音波を放って周囲の様子を探ることができる探知魔法だ。術者の技量や用いる魔力量により探知範囲や精密性が左右される。
左手首に装着している腕輪型の汎用型MACを用いた。
(西門の方が大人数だったな)
西門から襲撃を仕掛けてきた者たちは大所帯であった。
それに比べるとこちらの方が人数は少ない。
(まあ、人数の差など然したるものではないが)
彼には有象無象の集団など警戒に値すらしない。仮に油断していても些事だ。
(しかし、奴らは本当に何がしたいんだ?)
ジルヴェスターの中では未だに拭えない疑問があった。
(反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンとしては魔法師を敵視するのも、強硬な手段に出ることも理解はできる)
反魔法主義を掲げている以上、魔法師を敵視するのも排斥を謳うのも理解できることだ。
(だが、国立魔法教育高等学校に手を出すのは自殺行為に等しい。レティのいる
魔法師の卵が
しかも元特級魔法師第六席であり、現準特級魔法師である『残響』――レティ・アンティッチを敵に回すことになる。
正常な判断を下せる者ならば冒すことではないだろう。
(まあ、狂信者の考えなど理解できなくて当然か)
ジルヴェスターは考えても仕方ないことだと切り捨てる。
狂信者の考えを理解できるのは同じ狂信者に限るだろう。
理解しようとするのは無駄な労力でしかない。
(いずれにしろ俺の平穏を脅かす者は容赦しない)
ジルヴェスターは今の生活を気に入っている。
幼少期から壁内壁外問わず戦場を闊歩していた彼は、現在の友人たちと過ごす平穏な学生生活は、とても新鮮で居心地が良く代えがたいものになっていた。
故に、今の日常を脅かすモノには容赦するつもりなど微塵もなかった。
(さっさと終わらせてしまおう)
思考を切り替えたジルヴェスターは、右手の中指に嵌めている指輪型MACに魔力を送り込んで魔法を行使する。用いているMACは単一型だ。
すると、彼は建物の外で周囲の警戒に当たっている一人の背後に突如として現れた。
彼が用いた魔法――『
第八位階魔法を片手間に行使してしまうジルヴェスターの実力が一目で垣間見える。
標的の背後に移動したジルヴェスターは、左手首に装着している腕輪型MACを用いて別の魔法を行使する。こちらのMACは汎用型だ。
すると標的にされた相手は自分が何をされたのかもわからぬまま、その姿を消した。
もう一人の標的にも
そして後に残ったのはジルヴェスターの姿だけであり、標的にされた二人の痕跡は何一つとして残らなかった。
対象の存在を消し去った魔法は――『
物陰から移動して一瞬の出来事だった。
ジルヴェスターは流れ作業のように行ったが、やっていることは高次元のレベルだ。そんな簡単に第八位階の魔法を何度も使えたら誰も苦労しない。
建物内の人間に気取られることのないように隠密行動を心掛けているのかと思ったが、見張りの二人を消したジルヴェスターはなんの躊躇もなく建物に侵入した。
堂々と正面から建物に入ったジルヴェスターはすかさず魔法を行使する。用いたのは左耳の耳朶に装着している
すると、彼を囲むように無数の人影が出現した。
しかし、その人影からは生気が感じられず、とても人間とは思えない様相を呈している。
「――行け」
そうジルヴェスターが一言呟くと、無数の人影が動き出す。
彼が行使した魔法――『
召喚した死者の軍勢が建物内を我が物顔で闊歩する。
「――誰だ!?」
その姿を発見した敵が声を上げた。
「人じゃない!? ぐわっ!」
驚きで動きを止めた一瞬の間に、死者の軍勢の一体に心臓を
「――くそっ! 侵入者だ!!」
その者に対し、死者の軍勢の一体が上段から剣を振り下ろす。
「くっ」
相手はなんとか対応し、警戒を兼ねて
「ぐわぁあああ!!!」
残念ながら受け止めきれずに吹き飛ばされ、後方の壁にめり込んでしまった。
――『
つまり生きている人間とは違い身体的な制限がなく、リミッターが解除されている。
生きている人間が普段全力で発揮できる力は、身体が負荷に耐えられるように七十~八十パーセントくらいにセーブされているのに対し、自我のない死者の軍勢はリミッターが解除されているので百パーセント、百二十パーセントと人外の力を常時発揮できる。
とても人間が太刀打ちできるものではない。
その上、感情がないので容赦がなく、文字通り死兵となる。
非常に厄介な魔法――それが『
吹き飛ばされた者は衝撃に耐えられず、両手があらぬ方向に曲って骨があらわになっており、あまりの痛みに意識が飛んでいる。
同じように各所では
「――これは!? まさか『
すると、辺りに響く声で魔法の正体を言い当てた者がいた。
その者はどうやら魔法師だったようで、魔法で対抗している。
「このような高等魔法がいったい何故――」
だが、
各所で行われている蹂躙には目もくれず、ジルヴェスターは建物の中を悠然と闊歩していた。
相手の生死を気にも留めない冷酷な一面が窺える。事実、彼は相手の生死には微塵も興味や関心がなかった。眉一つ動かさない表情は彼の心情や覚悟を如実に物語っている。
その後も一方的な虐殺――もとい戦闘が繰り広げられていく。