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第50話 迎撃(四)

 ◇ ◇ ◇


 時同じくして、最前線では一人の女性がヴァルタンを蹴散らしていた。


鉄塊散弾アイアン・ブレット


 その女性が魔法を放つ。


 ――『鉄塊散弾アイアン・ブレット』は鉄属性の第三位階魔法であり、鉄の散弾を放つ攻撃魔法だ。


 放たれた鉄塊散弾アイアン・ブレットは敵中目掛けて飛んでいく。


身体強化フィジカル・ブースト


 そして、鉄塊散弾アイアン・ブレットを放った女性はすぐさま身体強化フィジカル・ブーストを行使すると、槍型の武装一体型MACを手に敵中に突撃する。


 無属性の第五位階魔法である身体強化フィジカル・ブーストは、近接戦を得意とする者には必須の魔法だ。


 鉄塊散弾アイアン・ブレットが数人の敵に直撃する。

 直撃した者は激痛に耐え切れず地に伏す。中には軽傷の者や無傷の者もいるが、女性は構わず敵中に突っ込む。


 女性ははなから鉄塊散弾アイアン・ブレットで敵の数を減らせれば儲けもの程度に考え、敵に一瞬でも動揺や混乱を誘発させ、敵中に飛び込む隙を作るのが目的だった。


 身体強化フィジカル・ブーストにより強化された身体能力で、計算通りに敵中に侵入したメイヴィスは槍型のMACを使い、見事な槍捌きで敵を切り伏せていく。


 惚れ惚れする槍捌きを披露する女性――メイヴィス・ローゼンタールは、男性に交ざっても遜色のない長身に、白い肌、青みを含んだ白い髪のベリーショート、碧眼を備えている。

 白のブラウスの上に黒のジャケットを羽織り、足首近くまで届く長さの灰色のスカートを穿いている。

 容姿や立ち振る舞いは非常に凛々しく、かっこいい女性という言葉がピッタリと当てはまる女性だ。

 彼女も精鋭の一人に数えられる二年生の風紀委員である。


「ふっ!」


 メイヴィスは槍で敵の一人の腹部を突くと、すぐに引き抜く。

 続け様に槍を構えながら一回転し、敵を近づかせないように牽制する。

 使用しているのは槍なので、敵と近づきすぎると思うように振るえなくなる。一定の距離を保つのが肝心だ。


「キサラギ流槍術戦技――牙崩一穿がほういっせん!」


 メイヴィスは手元で槍を一回転させると、回転の勢いそのままに槍を斜めに振るう。

 すると、穂先から巨大な斬撃が飛び出す!

 飛び出した斬撃が敵を何人も巻き込み吹き飛ばした!


 彼女はキサラギ流の門下生だ。なので、当然キサラギ流槍術を扱える。

 キサラギ流槍術の使い手として優秀であり、風紀委員長でキサラギ家当主の長女であるカオルからは可愛がられており、信頼もされている。


 牙崩一穿がほういっせんの斬撃は地面をえぐりながら飛んでいき、その衝撃は周囲にまで及ぶ。

 吹き飛ばされなかった敵は態勢を崩された。


「キサラギ流槍術戦技――刺突連塵しとつれんじん


 その隙を逃すことなく連続突きを見舞う。


 ――『刺突連塵しとつれんじん』は槍先から伸びるように出現した鋭利な穂先を用いて、目にも留まらぬ速度で連続突きを見舞う槍術だ。


 牙崩一穿がほういっせん然り、刺突連塵しとつれんじん然り、斬撃が飛び出したり、鋭利な穂先が出現したりと、普通なら有り得ない現象が起こる。

 だが、それはその道を極めた者にしか成し得ない御業みわざだ。先人が築き上げた技術を生かすも殺すも使い手次第である。


 ある人は言う――人が築き上げた技術の結晶だと。

 ある人は言う――空気中に漂う魔力を利用しているのだと。

 ある人は言う――奇跡だと。


 実際のところ要因は明らかになっていない。

 最も有力なのは、空気中に漂う魔力を利用しているという説だ。


 刺突連塵しとつれんじんで前方にいた敵を一蹴したメイヴィスは一息つく。

 激しい動きによりなびいていた長いスカートがひらりと揺らめいて落ち着きを取り戻す様は、美しさと凛々しさを周囲に与えていた。


 そこへ――


「――おうらっ!!」


 物凄い勢いでバーナードが突っ込んできて敵を殴り飛ばした!

 彼が直接殴ったのは一人だけだが、何故か後方にいた者たちまで殴られたかのような衝撃を受けて一緒に吹き飛ばされている。

 身体強化フィジカル・ブーストで身体能力を強化しているのは傍目にも理解できるが、それだけで納得できる現象ではない。


「よう、ローゼンタール」

「先輩……」


 殴るだけで複数の敵を吹き飛ばしたバーナードは、何事もなかったかのようにメイヴィスに声を掛けた。


「俺が右、お前が左」

「……了解です」


 バーナードが視線を右側に向けて指示を出す。

 だが、その指示はなんとも言葉足らずで簡素な物であった。

 幸いメイヴィスにはしっかりと意味が伝わったようでなによりだ。


「んじゃ」


 バーナードは軽く右手を挙げてそう言葉を残すと、楽しさでウキウキとした内心を隠し切れていない表情を晒しながら敵中に飛び込んで行った。――表面上は真剣な表情を取り繕ってはいたが。


「楽しそうですね……」


 そんな先輩の様子を見たメイヴィスは溜息交じりに呟く。

 冷気の影響で吐く息が白い。


(私はこっちを担当か)


 メイヴィスの視線は前方の左側を捉えている。


 バーナードの言葉足らずの指示は要約すると――右側の敵は自分が担当し、左側の敵はメイヴィスに任せるということであった。


(では、やろうか)


 メイヴィスは気を引き締め直すと、愛槍をしっかりと握って敵中目掛けて駆け出した。


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