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第41話 クラブ(六)

「――あれ? みんなちょうどいいところに」


 部室を出たところでジルヴェスターたちは声を掛けられる。


「レベッカか、偶然だな」


 声の主に顔を向けると、そこにいたのはレベッカであった。


「何かあったのかしら?」


 オリヴィアがレベッカに尋ねる。


「うん。みんなは今、暇だったりする?」

「私たちはクラブ見学をしていたところよ」

「そっか。ならちょっと付き合ってよ!」

「?」


 レベッカの誘いに首を傾げる一同。


「わたし調理クラブなんだけど、みんな作りすぎちゃって食べきれないの! 捨てるのはもったいないから食べて来てくれない?」


 上目遣いで両手を合わせながら頼み込む姿にはあざとさがある。


「お前調理クラブなのか? 意外だな」


 そんなレベッカのことをアレックスが茶化す。


「それ、どういう意味?」

「そのまんまの意味」


 ジト目を向けるレベッカと、どこ吹く風のアレックスが視線を交わす。

 レベッカからの視線には、火花が散っているかような錯覚を起こさせる迫力がある。


「甘い物ある?」


 二人のやり取りのことなど全く気にしていないステラが、レベッカの制服の裾を軽く引っ張りながら尋ねる。


「もちろんあるよ!」

「食べる」


 レベッカはアレックスのことを捨て置いて質問に間髪いれずに答える。

 するとステラは瞳を輝かせた。


「それじゃ、せっかくだしお邪魔しましょうか」


 嬉しそうなステラの姿を見て、オリヴィアがレベッカの誘いを受けるように誘導する。


「そうだな。レベッカ、案内してくれ」

「ありがとう! 助かるよ。ついて来て!」


 助っ人確保に成功したレベッカは、先導するように歩き出す。


「あっ」


 しかし、数歩歩いたところで何かを思い出したのか、おもむろに立ち止まる。

 そして首だけ振り向くと、感情の籠っていない冷淡な声音で告げる。


「あんたは来なくてもいいよ」


 レベッカの視線の先にはアレックスがいた。

 どうやら先程の茶化しに対する意趣返しのようだ。


「――え、いや、俺も行くし」


 一瞬言葉に詰まったアレックスだったが、頭を掻いてから同行を申し出る。


「そ」


 返答を受けたレベッカは、特に気にした様子もなく再び歩き出す。

 そんな二人の姿にジルヴェスターは肩を竦め、オリヴィアは苦笑した。


「レベッカは料理好きなの?」

「好きだよ~。趣味みたいなものだね」


 ステラの質問に答える。


「美味しくできたら嬉しいし、食べてくれてる人が美味しそうにしているのを見てるのも好きなんだ」


 彼女の言う通り、料理が好きな人は自分が料理することが好きなのもあるが、食べている人が美味しそうにしているのを見るのが好き、という人は割と多いだろう。

 自分の為に料理するよりも、誰かの為に料理する方が、気持ちが乗るものかもしれない。


「ステラっちも喜んでくれるといいな」


 気恥ずかしさを内包した笑顔でレベッカが呟く。


「ん。楽しみにしてる」


 ステラも笑みを返す。


 そうして話していると、あっという間に調理クラブの部室に辿り着いた。


「――ここよ。さ、入って」


 レベッカを先頭に各自調理クラブの部室に入っていく。

 ジルヴェスターも部室に足を踏み入れようとしたが――


『――ジル、今いいかしら?』


 突然、念話テレパシーが飛んできた。


『レイか?』

『ええ』

『少し待て』


 念話テレパシーを飛ばしてきたのはレイチェルであった。


「どうした?」


 急に立ち止まったジルヴェスターのことを不審に思ったアレックスが尋ねる。


「すまん。少し用事ができた。すぐ戻る」

「りょうか~い」


 ジルヴェスターは急用ができたとレベッカに伝えると、調理クラブの部室から少しだけ離れた。


『――待たせたな』

『大丈夫よ』


 まずはレイチェルに待たせたことを詫びる。


『それで何があった?』


 レイチェルが念話テレパシーを飛ばしてくる時は火急の要件がある時だ。

 ジルヴェスターのプライベートに配慮しているので、不必要な念話テレパシーは飛ばしてこない。


『ヴァルタンの次の動きが判明したわ』

『ほう』

『どうやらランチェスター学園の襲撃を企てているらしいわ』

『何? それは事実か?』


 ジルヴェスターはレイチェルがもたらした情報に少しだけ驚きを示す。


『ええ。デスロワに頼んだから確実性は高いわ』

『デスロワに? あいつ《グラヴァンツ》にいるはずだよな』

『昨日急用で一時的に帰ってきたみたい』

『そうか。多忙の中申し訳ないが、お陰で有益な情報を得られたわけか』


 二人の間で何気なく登場したデスロワという名を他の人が耳にしたら大層驚くことだろう。

 デスロワはこの国では知らぬ者はいないほどの大物だ。


『あいつが得た情報なら十中八九事実だろう』

『そうね』

『それにしてもランチェスター学園の襲撃を企てているとはな。連中は命知らずか?』


 ランチェスター学園には元特級魔法師第六席で、現在は準特級魔法師のレティがいる。

 仮に襲撃するのならば、レティに対抗できる特級魔法師クラスの魔法師が必要不可欠だろう。だが、反魔法主義団体にそれほどの魔法師がいるとは思えない。


『それがレティ様は明日あす別件で学園におられないそうよ』

『なるほど。連中がそのことを知っていたら、そのタイミングを狙って仕掛けてくる可能性があるということだな』

『おそらくね』


 レティのいないタイミングを狙っているのならば、無策ではないということが窺える。


『だが、それでも無謀と言わざるを得んな』


 レティがいなくても、生徒会長であるクラウディアを筆頭に魔法師として優れている者は多い。クラウディアのように壁外を経験している者もいる。

 とても非魔法師が大半を占める反魔法主義団体がどうこうできるとは思えない。


『反魔法主義者が魔法師の卵を排除したいと考えるのは理解できるが』

『決して許されることではないわ』

『そうだな』


 魔法を嫌悪している以上、魔法技能師になる前の生徒を狙うのは理に適っている。


『俺の方からレティに伝えておこう』

『お願いするわ。私は引き続き本拠を探るわ。デスロワのお陰で重要な拠点と思われる場所がいくつか見つかったのよ』

『それは重畳』

『もし明日あすまでに間に合わなければランチェスター学園そっちに向かうわ』


 本拠を見つけ計画自体を破綻に追い込めればいいが、万が一見つけられなかった場合は生徒を守る方にシフトしなければならない。


『こっちでもできる限りの対応はしておこう』

『それじゃ、また何かあれば連絡するわね』

『ああ』


 その言葉を最後に念話テレパシーを切った。


(――さて、まずはレティのところに行くか)


 その後、ジルヴェスターはレティとクラウディアのもとを訪ね、反魔法主義団体ヴァルタンの企ての件を伝えに行くのであった。


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