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第40話 クラブ(五)

「――あれは……『状態異常解除リカバー』の術式を効率化しているのか?」


 研究室の一角で壁に掲げてある大きくえがいた術式の前で、複数の部員が陣取って議論を交わしている姿を見たジルヴェスターが呟く。


「わかりますか? そうです。彼らは『状態異常解除リカバー』の効率化を図っています」

「ええ。だいぶ弄っているようですが、根幹の部分には変更を加えていないようですから」


 サラが頷いて肯定すると、それに対してジルヴェスターが理由を述べた。


 ――『状態異常解除リカバー』は第四位階の聖属性魔法であり、状態異常を治癒又は解除する効果を持つ治癒魔法だ。


「……確かに良く見ると、『状態異常解除リカバー』の原型が見て取れるわね」


 術式に目を通したオリヴィアが、その正体を見抜いた。


「俺には全くわからん」

「わたしはなんとなくしかわからない」


 アレックスは門外漢だと言わんばかりに思考を放棄している。

 そしてステラは一生懸命術式を読み取ろうとしているが苦戦しているようだ。


「少々意見を述べても構いませんか?」

「ええ。もちろんです」

「では遠慮なく」


 サラに確認を取ったジルヴェスターは、議論を交わしている部員たちのもとへ歩み寄る。


「――失礼します。少々よろしいですか?」

「ん?」


 背後から聞こえて来た声に振り返った部員たちの視線に、ジルヴェスターは狼狽えることなく向き合う。


 部員はジルヴェスターの後方にサラの姿を捉えた。

 そのまま流れるように視線を向けると、彼女が頷いた。

 彼らはそれだけで状況を一瞬で理解する。


「あ、ああ。なんだ?」

「自分にも興味深い研究でしたので、一つ意見を述べさせて頂きたいのですが」

「そうか。君もの人間なんだな。それで意見とは?」


 国立魔法教育高等学校は、キュース魔法工学院以外は魔法技能師志望の生徒の方が多い。絶対数では魔法工学技師志望の生徒の方が圧倒的に少ないのが現実だ。

 もちろん魔法技能師でも魔法の研究などに興味を持つ者はいるが、やはり珍しい部類になる。

 故に、研究者肌の人間に出会うと親近感を抱く傾向が少なからずある。魔法研究クラブの部員もその例に漏れず、心が少し開いたようだ。


「少し難しく考えすぎではないかと。先人が積み上げてきたものは侮れませんからね」


 ジルヴェスターはそう言うと、傍らにあった筆記用具を手に取って『状態異常解除リカバー』の本来の術式を書き込む。

 そして――


「もっとシンプルでいいと思いますよ。ここをこうして――」


 術式に少しだけ修正を加える。


「これで現状での最良の効率化を図れるのではないかと」


 図形や文字が複雑に組み合っている術式に少しだけ変更を加えただけだ。本当にシンプルな修正だった。――もっとも、造詣のある者でないと容易に理解はできないが。


「これは――」

「凄い! 確かにこれなら発動速度の向上や、魔力消費を抑えられるのでは!?」


 部員たちは驚きと共に好奇心や探求心が刺激され、修正を加えられた術式をまじまじと見入る。


「実際に試してみれば実感できると思いますよ」

「そうだな! 早速試してみよう!」

「MACを用意しろ!」


 ジルヴェスターの言葉に条件反射するかのように相槌を打つと、準備に取り掛かる為に慌ただしく駆け出した。


 その間にジルヴェスターはサラたちのもとに戻る。


「良く一目見ただけで改良点がわかりましたね」

「いえ、ただちょっと得意なんです。こういうの」


 サラがジルヴェスターのことを褒めると、彼は威張るでもなく苦笑を浮かべた。


「ジルは一級技師のライセンスを持っていますから」


 何故かステラが誇らしげに告げる。


「え、本当ですか?」


 ステラの何気ない一言にサラは衝撃を受ける。

 はしたなくならないように控え目に驚いているが、内心は衝撃が駆け巡っていた。


「ええ。一応持っていますね」

「……そうですか。私も四級技師のライセンスを有していますが、一級とは凄いですね」


 サラも四級技師のライセンスを有しているが、それでも学生の身分では充分凄いことだ。


「兼部でも構わないので、是非とも我がクラブに入部して頂けると嬉しいです」


 サラはすかさず勧誘を試みる抜け目なさを備えていた。


 クラブの掛け持ちは認められている。

 魔法研究クラブと工学クラブを兼部している生徒は多い。その他のクラブでも掛け持ちをしている生徒は一定数いる。


「そうですね。興味のある分野なので前向きに検討させて頂きます」

「期待していますね」


 ジルヴェスターとしても魔法の研究に関しては趣味でもあり、仕事にも関わることだ。なので、特別断る理由はなかった。


「私も検討させて頂きます」


 オリヴィアも同調する。


 元々歴史好きで考古学研究の選択科目を専攻する彼女は、元来研究者気質だ。魔法研究にも興味があり、普段から研究をしている。


「私たちはいつでも歓迎致しますよ。是非お待ちしておりますね」


 サラは歓迎の意を示す。


 魔法研究に興味を持つ者の入部を断る理由などない。

 研究者の数だけ視点や考察がある。数の暴力ではないが、人の数だけ知恵が集まるのだ。


 その後、軽く挨拶を交わした一同は、魔法研究クラブの部室を後にした。


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