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第32話 七賢人(四)

 ◇ ◇ ◇


 一月二十二日――ランチェスター学園は昼休みの時間になり、生徒は食堂やカフェ、持参した弁当などで昼食を摂っていた。


 そんな中、ジルヴェスターは昼食を早々に済ませ、生徒会室へと赴いていた。

 扉をノックすると入室を促す声が返ってきたので遠慮なく扉を開く。

 生徒会室は綺麗に整理整頓されており、部屋の主の性格が表れているようだ。


「ジルヴェスターさ――いえ、ジルヴェスター君、わざわざ足を運んで頂いて申し訳ありません」

「気にするな」


 入室すると部屋の主である生徒会長のクラウディアが、言葉を詰まらせながら謝罪の言葉を口にした。――そもそも先輩が後輩を呼び出すのは何も悪いことではないので、謝る必要などないのだが。それにクラウディアは生徒会長である。尚更謝る必要などない。


「まずは紹介しますね。こちらは風紀委員長のカオル・キサラギです」


 生徒会長用のデスクの椅子に腰掛けているクラウディアの横には、一人の女性が立っていた。

 ジルヴェスターとは直接の面識がない女性だ。入学式の時と答辞の打合せの時に何度か見掛けた程度である。

 その女性のことをクラウディアが彼に紹介した。


「よろしくな。君のことはクラウディアから聞いている」

「自分はジルヴェスター・ヴェステンヴィルキスです。こちらこそよろしくお願いします」


 カオルと呼ばれた女性は右手を上げ、軽い態度で挨拶をする。


(キサラギ家か。東方から逃れてきた一族の末裔で、槍術の大家たいかだな)


 カオルの一族は、魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れ、生活圏を追われることとなった際に、遠路遥々ウェスペルシュタイン国まで逃れてきた一族の末裔である。

 国中に門下生を抱える槍術の大家たいかであり、それ相応の影響力を持ち合わせている一族だ。


 女性としては高めの身長を白のブラウス、黒のジャケット、脛の辺りまで隠れる黒のスカートに身を包み、黒のハイソックスを穿いている。

 東方人由来の黄色人種の肌色と、黒い瞳とシュートヘアが存在感を放っている。


「どうぞ楽にしてください」


 クラウディアは椅子に視線を向けて促すと、ジルヴェスターは遠慮なく空いているデスクの椅子に腰掛ける。


「学園生活はどうですか?」

「今のところ快適に過ごせている」

「そうですか。それは良かったです」


 クラウディアは心底嬉しそうに微笑みを浮かべる。


「もし何か困ったことがあれば遠慮なく仰ってくださいね」

「程々にな」


 苦笑するジルヴェスター。


 至極真面目な顔で告げるクラウディアの姿を見たカオルは、軽く溜息を吐くと肩を竦めて苦言を呈す。


「あまり職権乱用するとルクレツィアに怒られるぞ」

「あら、それは困るわね」


 クラウディアは本当に困ったような表情を浮かべながら口に手を当てるが、完全に無視を決め込んだカオルはジルヴェスターに視線を向けて口を開く。


「監査局局長である三年のルクレツィア・シェルストレームは厳格で手厳しい奴なんだ。だからこそ信頼できるんだが」

「そうでしたか」


 学園には生徒で構成された自治組織が四つあり、生徒会、風紀委員会、クラブ活動統轄連合がその内の三つだと以前説明したが、あの時説明を割愛した最後の組織が監査局だ。


 監査局は他の組織が公正に職務を全うしているかを取り締まるのが仕事だ。

 不正や適切に資金を使用しているかなどを監査する為、公正で厳格な判断を求められる厳しい職務だ。故に監査局の人員には真面目で公正かつ、厳格な者が選ばれる。

 その為、監査局の人たちは非常に厳しい人柄なのだが、その分、人間としては非常に信用できる者たちなのだ。


「――それよりクラウディア、本題はいいのか?」

「ああ、そうだったわね」


 話が逸れてしまった為、カオルは軌道修正してクラウディアを促す。


「ジルヴェスター君。よろしければ生徒会の一員に加わりませんか?」


 本題は生徒会へジルヴェスターを勧誘することだった。


「せっかくだが、断らせてもらうよ」

「そうですか」


 ジルヴェスターはあまり考える間もなく断るが、クラウディアはあまり残念そうではなかった。


「始めから駄目で元々でしたから仕方ありません」

「すまんな」

「いえ、ジルヴェスター君が忙しいのはわかっていますから大丈夫ですよ」


 クラウディアはジルヴェスターの正体を知っている。

 普段から忙しくしていることもわかっていたので、断られる前提で勧誘していた。勧誘だけなら自由なので試しに声を掛けてみたのだろう。


 生徒会の役員は生徒会長に任命権がある。

 もちろん任命責任も付随するので、誰でも任命するわけにはいかない。能力的にも人格的にも相応しい者を選ばなければならない。


「ということは風紀委員も無理か……」

「風紀委員ですか?」

「ああ。クラウディアに遠慮して譲ったが、私も君が欲しいんだ」


 カオルが呟くと、その呟きを耳にしたジルヴェスターは疑問を浮かべた。

 どうやらカオルもジルヴェスターのことを狙っていたようだ。


「カオル、とても似合っていて素敵だけれど、それはプロポーズかしら?」


 カオルの台詞を耳にしたクラウディアはツッコミを入れる。微笑みを向けているが目が笑っていない。


「――い、いや、そうじゃない。風紀委員長として、風紀委員の一員に欲しかったんだ」


 鋭い視線を向けられたカオルは、若干頬と耳を赤らめながら慌てて否定する。


「優秀な者はいくらいても困らないからな。なんてったってジルヴェスター君は首席だしな!」


 誤りを訂正するように必死になって早口で言葉を列挙するカオルの姿に、クラウディアは小さく笑う。


(愉快な人たちだ)


 仲睦まじい二人のやり取りを間近で見ることになったジルヴェスターは、そんな感想を抱いた。


「それは光栄ですが、申し訳ありません。お断りさせて頂きます」

「そうか……」

「カオルも振られたわね」

「おい」


 断られたカオルをクラウディアが揶揄からかう。

 するとカオルはクラウディアの肩を肘で軽く小突いた。


 お互いに冗談を言い合える仲であることが容易に判断できる二人の姿に、ジルヴェスターも微笑ましい気持ちになった。


 その後も数分間三人で談笑をした後、ジルヴェスターは生徒会室を後にした。


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