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第31話 七賢人(三)

 ◇ ◇ ◇


 一段落したレイチェルとグラディスは、合流して目的の邸宅へと足を運んでいた。

 場所はウィスリン区で最も大きな町であり、区内の行政の中心でもあるリンドブルムだ。区長が勤める庁舎もある。

 ウィスリン区はウォール・トゥレス内の北側に位置し、プリム区、ランチェスター区と並んで最も富裕層が集まる区の一つだ。


「二人とも今日はなんの用だ?」


 家の主が腰掛けている執務室のデスクの対面にあるソファに、レイチェルとグラディスは腰掛けていた。

 デスクに座すのは威厳のある存在感を振り撒いている白髪交じりの男性だ。


 執務室の中は最低限必要な物以外は徹底的に排除しており、いっそ質素にも思えるほど簡素である。部屋の主の性格が窺えるようだ。


小父貴おじき。単刀直入に言うが、反魔法主義者に対して何か効果的な政策をすべきだ」


 グラディスはレイチェルと話し合ったように、反魔法主義者に対する政策を執行すべきだと告げる。

 自分たちが見てきたことを詳細に伝え、反魔法的な思想を持つ者が予想以上に存在していることを説明した。


「ふむ。そのことについては儂も以前から懸念しておった」


 背凭れに体重を預けた男性はグラディスの提案に賛同を示す。


「だが、そう簡単にことを運べないのもまた事実」


 男性は重苦しく言葉を絞り出すと溜息を吐いた。


「やはり、他の方々が足を引っ張っておられるのですか?」

「そうだ。誠遺憾ながらな。七賢人という立場にありながら全くもって情けないことだ」


 レイチェルが問い掛けると、男性は重々しく言葉を紡ぐ。


 七賢人はウェスペルシュタイン国の頂点に君臨する七人の人物の地位を表す名称だ。所謂、国家元首にあたる地位である。


「まともなのはオコギー卿だけだ。七賢人はいったいいつからあのような情けない組織へと成り下がったのか……」


 大きく嘆息する男性は頭を抱えたくなる気分だった。


「オコギー卿は清廉潔白な方ですものね」

「うむ。オコギー卿はまだ若いが国の為に献身し、信頼に値する好人物だ」

「フェルディナンド小父様おじさまからしたらお若いかもしれませんが、私たちからしたらオコギー卿も人生の大先輩ですよ」


 フェルディナンドの本名は――フェルディナンド・グランクヴィストだ。

 高身長で、白い肌に白髪交じりの金髪をオールバックにしており、緑色の瞳には確かな知性が窺える。

 七賢人の一人でもあり、その中でも最年長である。現在の年齢は六十三歳だ。


 対してオコギーは七賢人の中では最年少であるが、現在四十二歳であり、世間一般的には中年に差し掛かる年齢だ。決して若者ではない。


「まあ、若いからこそ私欲に溺れていないのかもしれぬがな」


 長い間権力や地位を有していると人は往々にして性格が歪み、堕落し腐敗するものだ。

 権力や地位を都合良く行使したりなど私欲に溺れ、一度美味しい思いをすると手放したくなくなり固執する。

 人間とは醜い生き物だ。全ての者に当て嵌まるわけではないが、総じて人間の心は弱い。自身を律し続ける為には相応の精神力を要する。


「あら? 小父様おじさまは最古参の七賢人でいらっしゃいますよね? ご自分にも当てはまるのではないですか?」

「うむ。儂も七賢人になってから性格が歪んだものだ」


 フェルディナンドは最も在任歴の長い七賢人だ。

 長い間権力や地位を有していると人格が歪むというのは決して他人事ではない。間近で見てきたからこその説得力がある。


小父貴おじきは昔から腹黒いだろう」 

「儂はお主らが生まれる前から七賢人を務めておるのだぞ。海千山千にもなろうものだ」


 グラディスの指摘にフェルディナンドは肩を竦める。

 その様子にレイチェルとグラディスは苦笑した。


 長年七賢人を務めてきたのなら大なり小なり腹黒くなるのは仕方のないことだ。

 私欲に溺れず七賢人としての務めを果たしているだけでも立派だろう。


「話が逸れたが、反魔法主義者についてだな」

「ああ」


 グラディスが頷く。


「オコギー卿にも力を借りて可能な限り尽くしてみよう」


 後ろ向きなこと言っていた割にはあっさりと提案を受け入れる。


「そうこなくっちゃな」

「ありがとうございます。小父様おじさま


 丁寧に頭を下げるレイチェルと、豪放な態度のグラディスは正反対な姉妹であった。


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