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第30話 七賢人(二)

 ◇ ◇ ◇


 一月二十日。

 この日、レイチェルはワンガンク区のオルストブルクという町にいた。


 ワンガンク区はウォール・ウーノ内の東南東に位置する区だ。

 オルストブルクはワンガンク区の町の中で最も大きく、人口が最も多い町である。区内の行政の中心でもあり、区長が勤める庁舎もある。

 ワンガンク区は十三区の中で二番目に治安が悪いが、区内の町の中でオルストブルクは比較的マシな部類だ。


「ここも外れですか……」


 レイチェルは周囲を見回して溜息を吐く。


 彼女はアウグスティンソン隊と共に尋問した際に得た情報を頼りに、反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの拠点をしらみ潰しに回っていた。


 建物内にいる反魔法主義者はみな倒れていたり、拘束されたりしている。

 少しでも情報になり得る物は全て回収し、アウグスティンソン隊の手を借りて拘束した者たちを連行して尋問しているが、未だ有益な情報を得られていない。


『――レイ、こっちは外れだ』

『こっちもよ』

『そうか……』

『なかなか上手くいかないものね』

『そうだな』


 レイチェルのもとにグラディスから念話テレパシーが飛んできた。


 現在レイチェルとグラディスは別行動をしている。

 グラディスは直属の部下を率いて、レイチェルとは反対側の区にある拠点から回っていた。だが、結果は芳しくないようだ。


『まあ、有益な情報は得られていないが、反魔法主義者を拘束できているだけでも収穫だろう』

『そうね』


 反魔法主義者は反社会的な思想を持っている者のことだ。

 思想を持つだけなら構わないが、実際に反社会的な行動に出る者は立派な犯罪者だ。逮捕してマイナスになることはない。むしろ、治安維持や国家保安の側面から見ても重要案件だ。


 有益な情報を得られていないのは残念だが、魔法師として国家保安の為に働けているので決して無駄な労力にはなっていない。


『それに、この国はこれだけの反魔法主義者を抱えていたのだということが判明したのも大きい』

『それも過激派組織のヴァルタンだけでこれほどいるのだものね』

『ああ。他にもいると思うと頭が痛くなる』


 レイチェルは念話テレパシーの先で姉が溜息を吐く姿が思い浮かんだ。


 反魔法主義者がいるというのはこの国では共通認識だ。だが、実際に目の当たりにすると予想以上の人数いることが判明した。


 反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンだけでもかなりの数がいる。他の組織や、組織に属していない潜在的な反魔法思想の者も合わせると、途方もない数の反魔法主義者がいることを容易に推測できた。


『これは本格的にどうにかしないといけないな』

『私たちにできることなんてほとんどないわ』

『そうだな……』


 レイチェルは肩を竦める。


 いくら上級魔法師とは言っても、彼女たちは政治家ではない。国としての政策に携われる立場ではないのだ。多少の影響力や発言力はあるが、直接政治に関わることはできない。


小父貴おじきに話を通すしかないか』

『そうね。小父様おじさまに上申してみましょう』


 どうやら二人には政治に携わる者との伝手があるようだ。

 自分にできないことならば、できる者を頼ればいい。


『とりあえず今は次に行ってみる』

『ええ、こっちも次の場所を回ってみるわ』


 回る拠点はまだある。ここで終わりではない。


『また連絡する』


 その言葉を最後にグラディスは念話テレパシーを切った。


「――レイチェル様、全て完了しました」


 自分のことを呼ぶ声に振り返ると、そこにはアビーの姿があった。

 アウグスティンソン隊の面々は反魔法主義者を連行していた。どうやら無事に連行し終えたようだ。


 魔法協会の本部はセントラル区にある。

 セントラル区はウォール・クワトロ内にある最も中央に位置する区で、政庁や魔法協会本部など政治を司る中枢が集まる場所だ。唯一、国立魔法教育高等学校のない区でもある。

 施設を管理する者が住み込みで働いている以外は、セントラル区に居住している者はいない。


 本部はセントラル区にあるが、各区にはそれぞれ支部がある。

 拘束した者たちはワンガンク区のオルストブルクにある魔法協会支部に連行した。

 魔法協会の地下深くには牢があるので連行するには最適な場所だ。協会側としても犯罪者を受け入れない理由はない。魔法関係の犯罪者ならば尚更だ。


 魔法協会にある地下牢の他にも各町には衛兵隊の詰所があり、そこにも牢はある。しかし、反魔法主義者を連行するには魔法協会の方が都合が良かった。


 魔法師にも反魔法主義者はいるが、非魔法師の方が圧倒的に多い。衛兵は非魔法師が大半を占めるので、衛兵の中に反魔法主義者がいる確率の方が高くなる。故に確率の低い方である魔法協会を選択していた。


「ありがとございます。では、次もよろしくお願いしますね」

「はいっ!」


 レイチェルの言葉にアビーは瞳を輝かせて大仰な態度で敬礼をする。どうやらレイチェルに尊敬の眼差しを向けているようだ。

 上級魔法師のレイチェルに、年が近くて同性のアビーが憧れの気持ちを抱くのは自然なことだろう。


「では、行きましょうか」


 そうしてレイチェルたちは次の目標へ向けて駆け出した。


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