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第28話 上級魔法師(五)

 ◇ ◇ ◇


 プリム区のシャルテリアにある自宅に帰宅したレイチェルは自室で部屋着に着替えると、リビングのソファに腰掛けて一服していた。テーブルには紅茶と軽食が置いてある。


「――レイ」


 紅茶を飲んでいると、廊下からリビングへと入って来た女性から自身の名を呼ぶ声が掛かった。


「姉さん」

「さっき隊長から念話テレパシーが飛んで来たんだが、なんだか大変そうだな」


 声の主はレイチェルの姉―――グラディスであった。


 グラディスはレイチェルが座っているソファの斜め横にある一人掛けのソファに腰掛ける。


 グラディス・コンスタンティノスは、女性としては高めな身長であるレイチェルよりも更に高い身長で、凹凸の主張が激しい肉体をしている。

 白い肌に水浅葱みずあさぎ色のマニッシュショートヘアで、碧眼が凛々しさを際立たせている。


「ええ。ジルに色々と頼まれているのよ」


 肩を竦めるレイチェル。


「ほお。ジルにか。それなら私も手伝うぞ」

「姉さんは本当にジルのことになると協力的ね」


 呆れたように溜息を吐くレイチェルは苦笑しながら姉を見つめる。


「かわいいだからな」

「姉さんはジルのことを甘やかしすぎよ」

「む。お前と違っていつも一緒にいられるわけじゃないんだから少しくらいはいいだろう」

「私だっていつも一緒にいるわけじゃないけれど」


 グラディスは自分とレイチェルでは立場が違うと口にし、妹のことを羨ましがっているのを隠しきれていない。

 そんな姉の言い草に不満を抱いたレイチェルは否定の言葉を漏らした。


「とにかく甘やかしすぎないでね」

「そんなに甘やかしているつもりはないぞ」


 姉に注意を促すが、当の本人は全く気にした素振りを見せない。


「マリア姉さんに言いつけるわよ」


 聞く耳を持たない姉にジト目を向けて強力な手札を切り出す。


 マリアとは二人の姉で、長女のマリアンヌのことだ。


 すると――


「――なっ!? それは反則だろう!!」


 どうやら効果覿面だったようだ。

 長女には頭が上がらないのが如実にょじつにわかる。グラディスの慌てふたむく様を見れば一目瞭然だ。


 思わず脛をテーブルにぶつけてしまい、足を抱えて痛みに悶えている。

 その姿を見たレイチェルは諸々のやり取りに対する溜飲を下げた。


「わ、わかった。気をつけよう」


 痛みが引くまで悶えたグラディスは背凭れに体重を預けると、深く溜息を吐いてから両腕を掲げて降参の意を示す。


「それにしてもジルがうちに来た時からもう十年も経つのか……」

「そうね」


 感慨深そうに思い出に浸るグラディスの呟きに、レイチェルは紅茶を一口飲んでから頷いた。


「あの頃は私よりも小さかったのに、今や私が見上げなければならなくなった」


 昔のジルヴェスターの姿を脳裏に思い浮かべるグラディスは、寂しそうな表情を浮かべる。


 幼い頃は小さかったジルヴェスターも、今やグラディスより十センチほど背が高くなった。

 グラディスは女性としては背が高い部類であり、男性に交ざっても遜色のない身長なのだが、今やジルヴェスターのことを見上げなくてはならない身長差になってしまっていた。


「まあ、今でもかわいいのは変わらんが」

「姉馬鹿ね」


 弟がかわいくて仕方がない姉の様子に溜息を吐いたレイチェルは、頭を抱えたい気分になった。


「ジルのことがかわいいと思っているのはお前も同じだろう?」

「まあ、そうだけど」


 姉の切り返しに言葉を詰まらせながらもなんとか返事をする。


 ジルヴェスターは十年前に両親を亡くし、妹と一緒にコンスタンティノス家に引き取られた過去がある。

 故にジルヴェスター兄妹は、コンスタンティノス姉妹とは兄弟姉妹同然に育った。


 グラディスは三人の妹とジルヴェスター兄妹のことをかわいがっているが、歳の離れた末妹とジルヴェスター兄妹の三人のことを殊更溺愛している。


 レイチェルもジルヴェスターのことがかわいいと思っているのは偽りのない事実だ。


「――レイお義姉様、お帰りになられていたのですね」


 二人で話しているところに、突然少女の声が飛んできた。


 二人は声が聞こえた方へ視線を向けると、そこには白い肌に透き通るような白桃色の長い髪を垂らした、身長が一五〇センチほどの少女が立っていた。

 白桃色の髪から覗く碧眼は幼いながらも美しさを演出しているかのようだ。


「ルナ、こんな時間まで起きていたのかい?」

「ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」


 グラディスとレイチェルが立て続けに声を掛ける。


 既に夜が更けてからだいぶ時間が経っている。子供は寝ている時間だろう。


「いえ、横になっていたのですが寝つけなくて……。そしたらレイお姉様のお声が聞こえてきたので、気になって来てしまいました」


 グラディスは席を立って少女に歩み寄る。

 そして目の前に辿り着くと、床に膝をついて目線の高さを合わせる。


「今、ジルの話をしていたんだ。眠くなるまで少し一緒に話をするかい?」

「お兄様のことですか?」


 グラディスの言葉に少女はコテンと小首を傾げた。

 その仕草に心をられたグラディスは頬を緩める。


「ああ。レイがジルに会いに行っていたんだ。ルナは最近ジルに会えていないだろう? せっかくだからジルがどんな様子だったか一緒に聞こうか」


 グラディスは少女の頭を優しく撫でる。


「はいっ!」


 ルナと呼ばれた少女――ルナリア・ヴェステンヴィルキスは、天真爛漫を体現しているかのような笑顔で頷いた。


 彼女はジルヴェスターの三歳下の実妹だ。

 コンスタンティノス家に引き取られて以来、現在もこの家で生活している。


 ジルヴェスターの家にもルナリアの部屋は用意されているが、普段はコンスタンティノス家で暮らしていた。


 そんなルナリアは最近ジルヴェスターに会えていない。


「よし。それじゃソファに移動しようか」


 グラディスは一度ルナリアのことを抱き締めると、腕に抱え上げてソファに連れて行く。


「ラディお義姉様、自分で歩けますっ!」

「まあ、いいじゃないか」

「もうっ!」


 恥ずかしそうに若干顔を赤らめるルナリアは頬を膨らませながら抗議したが、無情にも聞き入れられることはなかった。


 ルナリアは現在十二歳だ。誕生日を迎えたら今年で十三歳になる。

 抱っこされる年齢ではないだろう。彼女が恥ずかしがるのは無理もない。


 そんな二人の姿を微笑ましそうに眺めていたレイチェルは、二人の分の紅茶を用意する為に席を立つ。


 その後、女三人寄ればかしましいというが、うるさくならない程度に仲睦まじく話題に花を咲かせて楽しく過ごすのであった。


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