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第27話 上級魔法師(四)

「反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンの代表の名前がわかったわ」

「ほう」

「名前はヴォイチェフ・ケットゥネン。とても感情的な人物らしいわ」

「感情的か……」


 ジルヴェスターは少し眉間に皺を寄せる。


 感情的な人物は厄介極まりない。何を仕出かすか予測できない恐ろしさがあるからだ。


「仲間想いで人望があるみたいよ」

「なるほど。独裁的な人物ではないようだな」

「ええ。部下の言葉に耳を傾ける度量もあるみたいね」


 反社会的組織は総じて指導者による独裁で成り立っている例が多い。――それが暴力によるものなのか、弁舌によるものなのか、財力によるものなのか、権力によるものなのか、形は様々だが。


 だが反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンは、独裁的な構造で成り立っているわけではないようだ。


「ヴォイチェフの右腕なる人物はエックスと名乗っているらしく、残念ながら本名は不明のままよ。どうやら、このエックスが頭脳になっているみたいね」

「思っていたより厄介そうな連中だな」


 指導者による独裁の方が潰すのは容易い。優秀な者が下にいない限り、指導者を潰してしまえば後は勝手に崩壊していくからだ。


 仲間内の結束が固く、指導者に万が一のことがあっても後事を任せられる人物がいると、例え指導者を潰しても簡単に組織が崩壊することはない。指導者の人望が厚ければ尚のこと亡き指導者の為にという名目の元、結束を強めるだろう。


「拠点は国中にあるらしく、本拠地はわからなかったわ。今回捕らえた者の中に本拠地を知っている者はいなかったみたい」

「そうか。連中も用心深いことだ。その点も厄介だが」


 どうやら反魔法主義団体過激派組織ヴァルタンは情報規制に抜かりがないようだ。

 全ての者に組織の弱点となりかねない重要な情報を与えないのは、組織として上手く統制されている証拠だ。


「でも、いくつかの拠点は判明したわよ。明日あすから順に回ってみるわ」

「無理のない範囲でな」

「ええ。もちろんよ」


 レイチェルは複数ある拠点をしらみ潰しに回りつつ、ヴァルタンについての情報を集めることにした。

 時間と労力を要するが、確実性は増すだろう。


 その後も情報共有をしていき、全てを話し終えたところで、ジルヴェスターは立ち上がって先ほど作業していたデスクへと歩を進めた。


「レイ、これを持って行け」


 ジルヴェスターそう言うと、先ほど調整していた武装一体型MACをレイチェルに手渡す。


「これは?」

「お前用に仕上げた武装一体型MACだ」

「へえ、短剣ダガーね」


 レイチェルが受け取ったのは短剣ダガーの武装一体型MACだった。


 シンプルな見た目だが、業物であることが一目でわかる代物だ。

 短剣ダガーとしてだけではなく、ジルヴェスターが設計、調整しただけありMACとしても一級品の代物だろうと容易に判断できる。


 今後の調査でも大いに役立つことだろう。


「既に問題なく使えるように仕上げてある。後はお前に合わせた調整をするだけだ」

「そう」


 MACを使用者用に調整する為には本人の協力が不可欠である。

 如何いかに優れた魔法工学技師であっても、一人で使用者に合わせた調整を施すのは不可能だ。


 ジルヴェスターが設計、開発したMACは『ガーディアン・モデル』と俗称されており、魔法師には根強いファンがいる。メルヒオット・カンパニーで量産、販売を請け負っている。


「せっかくだ。この後調整に付き合え」

「人使いが荒いわね」

「お前の為だ」


 ジルヴェスターとレイチェルは軽口を叩き合う。

 イヴァン相手には丁寧な言葉遣いをしていたレイチェルだが、ジルヴェスターには砕けた口調で接する。口調の変化も、今のやり取りも二人の関係性が窺える一幕だ。


 控え目に微笑むレイチェルは、その後文句を口にすることなくMACの調整に付き合うのであった。


 MACの調整を始めた一刻後、最終調整を終えたレイチェルはジルヴェスター宅を後にしようとしていた。


「レイ、いつでも協力するから遠慮せずに声を掛けてよ」


 見送りに来ていた褐色肌の女性に声を掛けられたレイチェルは、丁寧に頭を下げて謝意を述べる。


「ありがとうございます。その時は頼らせて頂きます」

「うん。無理はしないでね」

「もちろんです。ジルのことは放っておけませんし、無理のない範囲でやっていきます。倒れでもしたら元も子もないですから」

「そうだね。君には苦労を掛けるよ」

「いえ、アーデル様ほどではありませんよ」

「いやいや、君の方が大変でしょう」


 アーデルと呼ばれた褐色肌の女性とレイチェルは、互いに苦笑を浮かべながら言葉を交わし合う。


「アーデル様にご苦労を強いるくらいなら姉をこき使いますよ」

「グラディスかい? それなら私からもレイのことを手伝うように言っておくよ」

「助かります」


 グラディスとはレイチェルの姉で次女だ。

 二人のやり取りから、アーデルはグラディスに命令できる立場にあるということが窺い知れる。


「それでは失礼致します。お邪魔しました」

「必要ないと思うけど気をつけてね」

「はい」


 上級二等魔法師であるレイチェルには不要な心配かもしれないが、夜道の中帰宅することに変わりはない。


 アーデルとのやり取りを終えると、レイチェルは帰路に着いた。


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