◇ ◇ ◇
時同じくして、ランチェスター区内にあるヴァストフェレッヒェンという町の高級住宅街の中でも、一際広大な敷地を有する邸宅の前に一人の女性の姿があった。
煉瓦の塀で囲まれた邸宅の門扉の前に立つ女性はインターホンを鳴らす。
富裕層の邸宅には最新の呼び鈴が備わっている。最新の呼び鈴はインターホンという魔法具であり、住宅の玄関外部の脇に設置する送信子機と、室内に設置する受信親機とで構成され、門扉から室内に対して呼び出して通話ができる代物だ。
仕組みは機械に専用の術式を刻んだ魔晶石と、魔力を溜めておくことができる魔有石を埋め込み、ボタンを押すことで魔力を溜め込んだ魔有石に振動による信号を送り、魔有石が魔晶石へと魔力を送ることで術式が発動する仕組みになっている。
ちなみにこのインターホンはジルヴェスターが開発した物であり、メルヒオット・カンパニーで製造、販売を独占的に行っている。
そして、その売り上げの一部が永久的にジルヴェスターに支払われる契約を結んでいる。
インターホンを購入できない層は本体側に金属板をつけたノッカーを用いており、更に下のグレードになると直接ドア本体に打ちつけるノッカーが主流だ。
『――はい』
インターホンの受信親機から呼び出しに対する返事がくる。返ってきたのは女性の声だ。
「夜分遅くに申し訳ありません。レイチェルです」
『レイかい? 今開けるよ』
インターホンの先から聞こえる女性の声が途切れ、レイチェルが門扉の前で少々待っていると、独りでに門が開かれた。
門扉が開かれると、レイチェルは慣れた足取りで門を潜っていく。
門が独りでに開かれたのもインターホンと同じで魔法具による力だ。
仕組みもインターホンとほとんど同じである。違いは送信機が室内にあり、受信機が門扉に設置されていることと、通話機能がないことだ。
レイチェルは前庭を進み邸宅の前に辿り着くと、再びインターホンを鳴らした。
すると、玄関の先で待機していたのか、すかさず扉が開かれる。
「やあ、いらっしゃい」
「失礼します」
家人が微笑みを浮かべて歓迎の意を示すと、レイチェルは丁寧なお辞儀をしてから玄関の扉を潜る。
レイチェルを出迎えたのは、女性としては長身で、引き締まっていながらも女らしさを備えた肢体に、褐色の肌に銀髪の美女だ。
銀色の髪は襟足と前髪が特に長く、それら以外はショートになっており、凛々しさを際立たせている。銀髪から覗く碧眼は、見る物を引き込む力を備えているかのような不思議な魅力がある。
女性から人気がありそうな容貌で、正しく『麗人』という言葉がピッタリと当てはまる人物だ。
「ジルでしょ?」
「はい」
「ジルなら調整室に籠っているよ」
褐色肌の女性が要件を確認すると、レイチェルは肯定した。
すると家人が苦笑を浮かべながら、レイチェルの目的の人物の居場所を伝える。
「いつも通り自由にしていいよ」
「ありがとうございます」
レイチェルは何度もこの邸宅を訪れている。勝手知ったるものだ。
「では、お言葉に甘えて失礼致します」
そう言うと、レイチェルは褐色肌の女性と別れて目的の部屋へと歩みを進めた。
清潔さと清廉さを兼ね備えた華美にはならない程度にバランスの取れた調度品で彩られた廊下を進み、地下へと繋がる階段を下りて奥まった場所にある扉をノックする。
「――ジル、私です」
ノックの後、一拍置いたタイミングで入室を促す声が返ってきた。
レイチェルは慣れた様子で入室する。
部屋の中は綺麗に整頓されているが、資料やMACなど、作業に必要な物が所狭しと埋め尽くしていた。レイチェルには見慣れたものだが、初めて見た人には眩暈を催す光景だろう。特に頭を使うことが苦手な者には尚更だ。
「少し待ってくれ」
ジルヴェスターは作業の手を止めることなく、何かを紙に書き込むと、武装一体型MACの調整を行っていく。
レイチェルは手近なところにあったソファに腰掛けて待つことにした。
何もすることがないので、作業するジルヴェスターの後ろ姿を眺めて時間を潰す。
そうしてのんびり過ごしていると、一段落したのかジルヴェスターが作業する手を止めた。
「――すまん。待たせた」
ジルヴェスターは席を立ち、レイチェルの対面のソファに移動する。
「大丈夫よ」
レイチェルが問題ないと告げると、ジルヴェスターは前置きなく本題に切り込む。
「それで、どうだった?」
「そうね――」
レイチェルはジルヴェスターに命じられて反魔法主義者について探っていた。
今日は今回得た情報を口頭で伝える為に足を運んだのだ。
そして彼女は得た情報を精査しながら詳細をジルヴェスターに伝えていく。