◇ ◇ ◇
グレッグたちと別れて一人で行動し、逃走した反魔法主義者を探っていた魔法師は、目の前の光景に唖然としていた。
「これはいったい……?」
アビーとビルが反魔法主義者と交戦していた現場から、一キロメートルほど離れた中心地と比べると閑散としている高層な建築物が減った場所には、複数の人間が倒れていた。
地面にうつ伏せで倒れ伏している者、壁にめり込んで気を失っている者、氷漬けにされている者など様々いる。
「―――おや? これはちょうどいいところに」
彼は一帯を見回していると、突然後方から声を掛けられた。
「――!?」
突然のことに驚きながらも彼は瞬時に振返ると後方に飛び、声の主から距離を取って臨戦態勢の構えを取る。
「いい判断ですが、私は敵ではありませんよ」
彼の視線の先には、女性としては長身で、主張の激しい肉体をスカートタイプのレディスーツに身を包んでいる美女が立っていた。
白い肌で、緑がかった明るく薄い青色の髪をショートレイヤーにしており、黄色の瞳が典麗な印象を深めている。
その姿を確認して敵ではないと判断したイヴァンは、臨戦態勢を解いて女性に声を掛ける。
「あなたは……?」
女性の胸元を注視すると、そこには魔法技能師ライセンスの階級を示す胸章が無視できない存在感を放っていた。
「――!!」
胸章が示す階級を確認した彼は一層驚いたが、慌てて敬礼をする。
魔法師は軍隊ではないので、正式には軍隊的な格式は存在しない。だが、上位の階級の者には敬意を込め、礼節を持った態度で接する暗黙のルールが存在する。
「楽にして頂いて構いませんよ」
「はっ!」
女性の言葉に彼は敬礼を解く。
「自分はイヴァンと申します。中級四等魔法師です」
イヴァンは自分の階級を示す腕章を見せると、先程から疑問に思っていたことを辺り一帯を見回しながら尋ねる。
「あの、これはいったい何があったのでしょうか?」
「私がやりました」
複数の人間が倒れ伏している状況を作り出したのは、目の前の女性の仕業であった。その事実を事も無げに自白する。
「あなたはアウグスティンソン隊の方ですよね?」
「は、はい」
周囲の状態について尋ねていたにも
だが、幸いにもイヴァンはなんとか反応することができた。
「アウグスティンソン隊が連日各地を賑わせている、反魔法主義者について調査しているのは存じておりました」
女性はそこまで口にすると、自分の目的を告げ始める。
「私も上司の命令で調査をしていたのですが、そうしたらちょうど
「なるほど。自分は――」
話を聞いて納得したイヴァンは、自分がここに来た理由を説明する。
「――では、イヴァン殿はこの者たちを追って来たのですね」
「ええ。そうなります」
「それは尚のこと好都合です」
「と、申しますと?」
「昏倒させたはいいものの、この人数ですからどうしたものかと途方に暮れていたのですよ。よろしければ連行するのを手伝っては頂けませんか? もちろん、この人たちの扱いはアウグスティンソン隊に一任しますので。ただ、尋問には同席させて頂きますが」
周囲には八人の人間が気を失って倒れ伏している。さすがに一人でこの人数を連行するのは現実的ではない。
「わかりました。隊長に確認するので
「よろしくお願いしますね」
イヴァンがマイルズに
「――隊長から許可が出ました。隊員を数人寄越すそうなので、待機していてほしいそうです」
「そうですか。助かります。では、このまま待ちましょうか」
「はい」
イヴァンがいるとはいえ、さすがに二人で八人を連行するのは厳しい。そこでイヴァンはマイルズに人員を出すように要請していた。
「――そういえば申し遅れていましたね」
女性はすっかり忘れていたと申し訳なさそうに居住まいを正し、改めて自己紹介をする。
「私はレイチェル・コンスタンティノスと申します。階級は見た通り上級二等魔法師です」
「――!!」
レイチェルの自己紹介を聞いたイヴァンは改めて驚愕をあらわにする。なんとか表に出さずに胸中で驚くことに成功し、醜態を晒さずに済んだ自分のことを褒めてやりたい気分になっていた。
イヴァンが驚いたのはレイチェルの階級にではない。
「コンスタンティノス殿でありましたか」
「レイチェルで構いませんよ。コンスタンティノスだと、どのコンスタンティノスのことを言っているのかややこしいですからね」
名前呼びを許すレイチェルは苦笑を浮かべる。
「確かにそうですね。では失礼してレイチェル殿と呼ばせて頂きます」
魔法師界だけに留まらず、この国ではコンスタンティノスの姓は有名だ。知らぬ者はいないと言っても過言ではない。
「以前、聖女様にはお世話になりました」
「そうでしたか」
「イヴァンが感謝していたと代わりにお伝えして頂けませんでしょうか」
「構いませんよ。母には責任を持って伝えておきますね」
「ありがとうございます」
イヴァンは頭を下げ、誠意を込めて感謝を示す。
レイチェルの母は特級魔法師であり、『聖女』の異名を与えられている。
治癒魔法や支援魔法を得意にしている為、普段はあまり壁外に赴くことはなく、壁内で活動していることが多い特級魔法師だ。
おそらくイヴァンも治癒してもらったことがあるのだろう。
そして『聖女』には五人の娘がいる。
何よりも凄いのは、五人の娘が全員国内でも指折りの魔法師であるということだ。
レイチェルも『疾風』という異名を与えられている。しかも他の姉妹も全員、異名持ちだ。
異名は偉大な魔法師に敬意や畏怖を込めて与えられる名誉である。
異名を与えられている人物というのは、それだけ特別な存在という証だ。
レイチェルの母は魔法師としても偉大なら、母としても偉大な聖女であった。
「レイチェル殿は上司の命令で動いていると仰っておりましたが、やはり反魔法主義者のことは上層部も懸念しておられるのでしょうか?」
レイチェルの上司は他の姉妹と異なり
彼女は普段一人で行動することが多く、魔法師界では不思議なことの一つになっている。
元々部隊などに所属することはなく、魔法師としては単独で活動しているのではないかという噂もあるが、こうして本人の口から上司という単語が出た以上は、何かしらの組織に所属していえることが証明された。
とはいえ、イヴァンがレイチェルの上司について直接尋ねることはない。
何事も知らない方がいいことはあるものだ。
「そうですね。魔法師と非魔法師の共存はこの国が抱える至上命題ですから」
魔法師と非魔法師の溝は国の根幹に関わる問題だ。
この国は魔法師と非魔法師が共存しているからこそ成り立っている。
しかし、非魔法師を見下す魔法師が一定数おり、魔法師を否定する非魔法師も存在するのが現実だ。
魔法選民主義者と反魔法主義者の存在が、魔法師と非魔法師の対立構造を深刻化させている最大の要因であり、上層部が頭を痛めている原因でもある。
「難しい問題ですね」
「ええ。繊細な要素を抱えているので軽率なことはできませんし」
難しい顔で相槌を打つイヴァンに、レイチェルは肩を竦めて言葉を返す。
軽率な行動で国内に大混乱を招くわけにはいかない。
最悪、暴動や現体制への反乱などが起こった場合は、大混乱どころでは済まない事態になる。
「今回は少しでも有益な情報を得られるといいのですが……」
レイチェルは周辺で気を失っている反魔法主義者を見回しながら呟く。
彼女は反魔法主義者について連日探っていた。
その結果、有益、無益問わず多様な情報を得ることができている。だが、核心的な情報はまだ得られていない。故に、今回こそは核心を突き決定打となり得る情報を求めていた。
「そろそろ到着するそうです」
「わかりました」
仲間からの
その後、アウグスティンソン隊の協力のもと、何事もなく反魔法主義者を連行した。