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第23話 会敵(五)

氷壁アイス・ウォール!」


 駆け出したビルの背後に氷の壁が出現し、風切りウインド・カッターを阻む。


 保護している市民を守る為に、少し離れた位置にいるアビーが氷壁アイス・ウォールを行使した。


 ――『氷壁アイス・ウォール』は氷属性の第二位階魔法で、任意の場所に氷の壁を生成する防御魔法だ。


 ビルはアビーが対応してくれると信じて背後から向かってくる魔法を無視していた。二人の信頼関係があってこその連携だ。


 非魔法師も猟銃を発砲して攻撃してくるが、それにも構わずビルは突撃する。


 ビルと体格のいい魔法師が目と鼻の先で相対すると、互いに勢いそのままに拳を振りかぶった!


 ビルの拳は相手の左脇腹に直撃し、相手の拳はビルの左頬を殴打する。


「ぐっ」

「まだまだぁあああ!!」


 素の身体能力で対抗する相手は両手に鉄拳――手に嵌めて拳の外側に等間隔に並んだ三鋲の鉄角を向けて握り、敵を打ったり、突いたり、敵の攻撃を払ったりなどに使用する武器――を装着しているが、身体強化フィジカル・ブーストを行使しているビルは一瞬くぐもった声を漏らしただけで、ダメージもお構いなしに攻撃を続ける。


 ビルよりもダメージを食らっているであろう相手も、怯むことなく気勢を上げて乱打戦を繰り広げる。


 すると風切りウインド・カッターを放った魔法師も乱打戦に加わり、二対一の展開へと移行した。


 非魔法師を背後に庇っている魔法師の女性は、援護しようにも近接戦による攻防に手出し出来ずにいた。味方を巻き込んでしまう恐れがあるからだ。とはいえ、彼女には肉弾戦を行う技術も膂力もない。


 数度打ち合ったところでビルはバックステップを踏んで一旦距離を取った。

 その一瞬の隙に魔法を行使する。


燃え上がる魂バーニング・ソウル!」


 魔法を行使すると、ビルの身体から燃え上がるような赤いオーラが立ち昇る。


 ――『燃え上がる魂バーニング・ソウル』は火属性の第三位階魔法で、対象の心を奮い立たせて強気にさせ、尚且つ身体能力を一時的に向上させる強化魔法だ。


 ビルは『身体強化フィジカル・ブースト』と『燃え上がる魂バーニング・ソウル』の重ね掛けで、飛躍的に身体能力を向上させた。

 これで戦況は有利になるが、その分魔力の消費が大きくなる。


「行くぞ!」


 格段に向上した脚力で風切りウインド・カッターを放った魔法師に一瞬で接近すると、勢いに乗ったまま右脚での鋭い蹴りをお見舞いする。


 相手は全く反応できず気づいた頃には吹き飛ばされており、勢いそのままに壁に直撃し、意識を手放した。


「くそっ!」


 大柄な魔法師はその事実に遅れて気づくと、ビル目掛けて突進しようとしたが――


「撤退だっ!! 目を閉じろ!」


 感電エレクトリック・ショックを受けて動きを封じられていた魔法師は、感電が収まり動けるようになったようで、声を上げて撤退を促した。


 そして瞬時に魔法を行使する。


閃光フラッシュ!」


 閃光フラッシュを発動すると、辺り一面にまばゆい光が満ちた。


 ――『閃光フラッシュ』は光属性の第二位階魔法で、目を眩ませる閃光を放つ妨害魔法だ。


「まずい!!」


 閃光フラッシュで視力を奪われたアビーは、瞬時に保護している市民を守るように氷壁アイス・ウォールを四連続で行使して、周囲を囲むように氷の壁を生成する。


 ビルは目を潰されながらも周囲を警戒するのを怠らない。もちろん万一に備えて防御態勢を取っている。


 二人は耳に神経を傾けると、複数の足音が遠ざかっていくのを聞き取れた。


「――アビー! ビル! 無事か!?」


 足音を確認していると、自分たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。


「おやっさん?」


 アビーは馴染みのある声の主に確認の意味を込めて呟く。


「おう。儂じゃ!」


 声の主は応援として駆けつけたグレッグたちだった。


「二人とも無事か?」

「ええ。奥にビルがいるわ。あと、後ろにいる二人が保護対象よ」


 アビーは氷壁アイス・ウォールを解除して保護している市民の姿を見せる。

 そして説明を聞いたグレッグは連れてきた四人に視線で指示を出す。


 女性の魔法師は保護されている二人の女性の介抱をし、残りの三人は周囲の確認に動き出した。


 保護している二人の女性は、おそらく魔法的資質を有する一般人だと思われる。魔法的資質を有するが、魔法を扱うことができない者だ。だからこそ襲撃対象にされたのだろう。


「目をやられたか?」

「ええ。閃光フラッシュにやられただけだからじきに視力は戻るわ」

「そうかい。なら良かったわい」


 グレッグはアビーたち五人を守るように周囲を警戒する。


 少しの間そうして待機していると、周囲を確認しに行っていた三人の内の一人がビルを伴って戻ってきた。


「おやっさん」

「お前さんも目をやられたか」

「ああ」

深傷ふかでは負っておらぬようじゃな」


 グレッグは肩を借りて歩いて戻ってきたビルと言葉を交わす。

 この場で見た限りでは重傷を負っていないようで安堵する。


「おやっさん。中に反魔法主義者の二人が倒れていて、二人が一人ずつ監視しています」


 ビルに肩を貸している魔法師がグレッグに工場内の様子を伝える。


 工場内にはビルが最初に殴り飛ばした非魔法師の男と、最後に蹴り飛ばした魔法師の男が倒れ伏していた。どうやら仲間には見捨てられたようだ。残念ながら気を失っている仲間を連れ出す余裕がなかったのだろう。


「残りの連中には逃げられちまったようだ」


 ビルは悔しさを内包した声音で言葉を漏らす。


 市民を保護している状態だったので、本来ならば応援の到着を待ってから行動するべきだった。しかし、それも難しかった。


 待っている間に反魔法主義者が逃走してしまう可能性がある。また、保護対象がおり、自由に行動できない状況だったので、アビーとビルが押し込まれてしまう恐れもあった。


 そこで、敵の想定を覆すようにビル一人が敵中に突撃することで動揺させ、その隙に一気に決めにかかる戦法を取った。


 反魔法主義者になるような魔法師は、魔法師としての自分に劣等感を抱いている者が多い。そして魔法師としても大した力はないだろう。魔法師として優れているのならば、反魔法主義者になる利点は全くないからだ。


 結果としてアビーとビルの戦法は成功したと言えるだろう。

 あの状況下で反魔法主義者を二人確保することに成功したのだから。


「ふむ。どうやら二人は仕留めたようじゃの」

「おやっさん、別に殺してはいないぞ」

「がっはっはっは!! わかっておるわい」


 グレッグの言いように不満を抱いたビルは、瞼を閉じたまま苦笑を浮かべて訂正した。

 しかしグレッグは全く意に介していない。


「良くやったの」


 一転して真面目な表情を浮かべたグレッグは、ビルの頭を粗雑に撫でて労う。


「おやっさん、俺はもうガキじゃないんだが……」


 だが、撫でられた当人は複雑そうな表情を浮かべて苦言を呈する。


「儂からしたらお前さんなどまだまだわらべじゃ」


 グレッグはそう言うと、また豪快な笑い声を上げる。


「諦めなさい、ビル」


 見かねたわけじゃないが、アビーがビルを宥めるような声色で言葉を掛ける。


「お前さんら、二人の反魔法主義者を拘束したら戻るぞ。マイルズが待っておる」

「隊長には念話テレパシーを飛ばしておくわ」

「私は一応周辺を探ってみます」

「おう。任せるわい」


 一頻ひとしきり笑い終えたグレッグが指示を出すと、すかさずアビーがマイルズに念話テレパシーを飛ばした。


 ビルに肩を貸していた男性の魔法師はビルをグレッグに任せると、反魔法主義者が逃走したと思われる方向へ駆け出す。


 そして女性の魔法師に保護している二人の女性を送り届けさせ、残りの面々は反魔法主義者の二人を拘束して連行した。


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