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第20話 会敵(二)

「わたしはまだ決めてないけど術式研究かな」


 オリヴィアが上手く話を逸らしたところで、ステラが元の話題へと軌道修正する。


「もっと術式の理解を深めたら魔法を効率良く行使できるようになるかなと思って」


 魔法を行使する為には術式が必要だ。

 直接術式をえがいても魔法を発動できるが、戦闘中に術式をえがいている暇などない。


 そこで魔法補助制御機――通称・MAC――が必要になってくる。

 MACには魔力に反応し、術式を保存することができる魔晶石という鉱石が埋め込んである。

 MACは魔晶石を埋め込み、魔力を魔晶石に送り込むことで保存してある術式を行使できる仕様になっている。

 魔法師には欠かせないアイテムだ。


 魔法を行使する為には発動する魔法の術式を理解している必要があり、理解が深まれば深まるほど、消費する魔力量が減り、威力が向上する。魔法師界ではそれを効率が良くなると表現する。


「術式研究は私も専攻するよ。他には剣術指南とかも気になっているかな」


 どうやらイザベラも術式研究を専攻するつもりのようだ。


「剣術指南か。剣術の心得でもあるのか?」

「少しね」


 剣術指南を専攻する者は元々剣術の経験がある者が多い。無論未経験の者もいるが、絶対数は経験者の割合の方が多い。

 故に、アレックスはイザベラも経験があるのか気になったのだ。


「武闘派なのね」

「いや、そんなことはないよ。ただ、母の方針でちょっと教わっただけだよ」


 オリヴィアの指摘をイザベラは苦笑しながら否定する。


「イザベラの母君というと、エアハート家の御当主殿か」

「そうだよ」


 ジルヴェスターがイザベラの母のことを思い浮かべる。


「直接の面識はないが、何度か見掛けたことはある」

「へえ。そうなんだ」


 イザベラの母は名門エアハート家の現当主だ。

 魔法師としても優秀な人物だとジルヴェスターは認識している。


「エアハート家ともなると親御さんの教育も厳しそうよね」


 名門故に厳しい教育を受けているのではないかとオリヴィアは思った。


「どうだろうね。他の家のことはわからないし、なんとも言えないよ」

「それもそうね」


 イザベラの言うことはもっともだ。他家の教育事情を知らない限り比較しようがないだろう。


「リリアナは何を専攻するのかしら?」


 オリヴィアはリリアナに視線を向けて尋ねる。


「わたしは医学講座を専攻します。他は皆さんと同じでまだ決めかねていますが……」


 医学講座はその名の通り、医学について勉強する選択科目だ。

 共通科目には救命救急講座もあるが、これはあくまで基礎的な内容であり、魔法師として活動する上で必要な知識と技術を学ぶ授業だ。


 対して医学講座は魔法師としてではなく、医者として必要なことを学ぶ内容である。魔法を用いた治療法も学ぶが、魔法とは無関係な内容が大半を占めており、医者を志す者が専攻する科目だ。


 医者になる為には大学に通って資格を取得しなければならないが、高校の内から勉強できるのはメリットしかないだろう。


「医者になりたいの?」


 医学講座を専攻するからには、医者を志しているのかと思ったステラが尋ねる。


「いえ、わたしは教師を志しています。医学講座を専攻するのは、私は治癒魔法が得意なので勉強すればそれを生かせるのではないかと思ったからです」

「へえ、いいね教師。似合いそう」

「ふふ。ありがとうございます」


 リリアナの言う通り医学の造詣を有していれば治癒魔法に生かせる部分もあるだろう。少なくとも決して無駄になることはない。


「リアは昔から教師を目指していたもんね」

「うん」


 イザベラが懐かしむような表情で言うと、リリアナは笑みを零しながら頷いた。

 どうやらイザベラはリリアナのことをリアと呼んでいるようだ。


「二人の付き合いは長いのか?」


 心理的距離感の近い二人の関係性が気になったアレックスが尋ねる。


「物心つく頃には既に一緒にいたよ」

「元々家同士の繋がりがあったので自然と知り合いました」


 イザベラとリリアナが順に答える。


 エアハート家とディンウィディー家は魔法師界の名門同士だ。元々交流があってもなんら不思議ではない。


「ふーん。幼馴染なのか」


 アレックスは納得顔でそう呟く。


「幼馴染っていいよな。俺は幼馴染いないから憧れる」

「幼馴染だからと言って仲がいいとは限らないだろ」

「確かにそうだな」


 ジルヴェスターの指摘にアレックスは肩を竦める。


「――話を戻すが、アレックスは選択科目どうするつもりなんだ?」

「ん? 俺? 俺はまだ決めてねぇよ」

「そうか。興味のある科目とかはないのか?」

「これって言うのはないな。とりあえず一通り体験してみようかと思ってる」


 無理に今決めることもないだろう。まだ焦って決める時期ではない。時間を掛けて決めるのも正しい選択だ。


「ジルはどうなんだ? もう決めたのか?」


 アレックスは参考にちょうどいいと思い、ジルヴェスターの専攻科目を尋ねる。


 この場は意見交換の場なので、積極的に言葉を交わすのは相応しい行為だ。ただこの場にいるだけではせっかくの機会を無駄にすることになる。


「俺は術式講座、MAC講座、言語学、考古学研究は専攻するつもりだ」


 術式講座と考古学研究は先述した通りの内容だ。


 MAC講座は使用者の特性に合わせたチューニングやメンテナンス、MACの設計や開発について学ぶことのできる選択科目だ。なので、魔法技能師を志す生徒が主に専攻している。


 言語学は世界に存在する多様な言語を学ぶ選択科目だ。

 現在ウェスペルシュタイン国で主に使用されている言語を共通語として用いられているが、この国は魔興歴四七〇年に突如として世界中に魔物が大量に溢れた際に、数多の国から逃れてきた者たちの末裔で構成されている。


 避難してきた自国の民や他国の民など、国籍や人種を問わず受け入れて来た故に、多様な言語も流入してきた歴史がある。

 現在はウェスペル語という共通言語が主に用いられているが、元々は数多の言語が飛び交っていた。


 ウェスペル語が共通語となったことで、時が経つにつれ、異国語や限られた部族が用いていた言語を話せる者が減少していった。


 閉ざされた世界であるからこそ、外の世界に関わる文化や風習を重んじようと考えた末に生まれたのが言語学だ。考古学研究もこれに含まれる。


 例を挙げると、魔法補助制御機の略称であるMACの正式名称Magic Assistant Controllerという単語もウェスペル語ではない異国の言語だ。

 世界が閉ざされる前に最も魔法技術が発展していた国に敬意を払って、現在もその国の言語を用いている経緯がある。


「座学ばかりだな」

「性に合っているんだ」


 専攻する予定の選択科目が座学ばかりという事実に嫌そうな表情を浮かべるアレックスの様子に、ジルヴェスターは苦笑する。


「ジルくんは研究者肌だものね」

「首席殿は文武両道かよ」


 オリヴィアのフォローにすかさず大袈裟な態度で茶化すアレックスの姿に、一同は笑いを漏らす。


 国立魔法教育高等学校は筆記より実技の方が重視される傾向にある。

 成績には実技の結果の方がより反映される為、仮に実技五十、筆記八十の人より、実技八十、筆記五十の人の方が総合成績は上位になる。


 成績上位に入る為には実技も筆記も好成績でなくては厳しいが、極端な話をすれば実技一辺倒でもそれなりの成績を残すことは可能だ。――無論、筆記の成績が酷すぎるのは論外だが。

 逆に筆記一辺倒だと成績は下位に甘んじることになる。


 魔法師として活動するからには壁外に赴くことになる。自分の身も守れないようでは死ぬだけなので、実技が重視されるのは道理だ。


 魔法工学技師を志す者もある程度は実技の成績は重要だ。

 直接戦闘することは少ないかもしれないが、MACの調整や設計は調整段階で自分で試すこともある。自分が全く魔法の行使を行えないと試すことができない。それに実際に使う人の身になって考えることができなければ、決して一流になれない。その為には自身が魔法技能師として最低限の実力を身に付けておかなければならない。


 実技と筆記の比重は学校毎に異なるが、ランチェスター学園は実技が六~七、筆記が三~四くらいの比重になっている。


 わかりやすいところだとキュース魔法工学院は筆記に重きを置いており、筆記が八~九、実技が一~二の比重だ。


「だからこそ首席なんだと思うよ」

「うん。ジルは凄いんだ」


 イザベラのもっともな指摘に、何故かステラが控えめな胸を張って嬉しそうに威張る。

 そんなステラの姿に場は微笑ましい空気に包まれた。


 その後も笑いを交えながら充実した意見交換を行っていくのであった。


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