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第10話 反魔法主義

 ◇ ◇ ◇


 学園に戻ったジルヴェスターはステラとオリヴィアの二人と別れて別行動をしていた。

 彼が足を運んだのは学園長室だ。学園長室に辿り着いて扉をノックすると、入室を促す声が返ってきた。


「――入るぞ」

「いらっしゃい」


 室内には応接用のソファとローテーブルが置かれており、華美すぎず、質素すぎてもいないバランスの取れた調度品が並んでいる。そして奥には部屋の主が腰掛けるデスクがあった。

 そのデスクから女性の声が掛かる。ランチェスター学園の学園長だ。


「わざわざごめんなさいね」

「構わんよ」


 学園長は足を運んでもらったことを申し訳なく思っており、気品を崩さない仕草で頭を上げると、笑顔を浮かべてジルヴェスターを歓迎した。


「コーヒーでいいわよね? ブラック?」

「ああ」


 立ち上がって室内の奥まったところにある必要最低限の設備を備えたキッチンへ、学園長がコーヒーを淹れに向かった。

 学園長はジルヴェスターの好みを把握しているので、軽いやり取りだけで済ませられる。


「座って少し待ってて」


 学園長は応接用のソファにジルヴェスターを促す。


 ソファに腰掛けて数分待つと、二つのカップとお菓子を入れた器を載せたトレイを持った学園長が姿を現した。

 トレイからカップを取り出して一つをジルヴェスターの前に置き、もう一つを自分の前に置く。そして中心にお菓子を入れた器を置くと、学園長がジルヴェスターの対面のソファに腰掛けた。ちなみに学園長のカップの中身は紅茶だ。


 まず互いにカップを手に取り、一口すすって落ち着いてから学園長が口を開く。


「まずは入学おめでとう。これ、入学祝いよ」


 祝いの言葉と共に『異空間収納アイテム・ボックス』から綺麗に包装された品を取り出す。

 どうやら腕輪型のMACを用いて魔法を行使したようだ。


「ありがとう。だが、学園長が一人の生徒を贔屓していいのか?」

「今は学園長としてではなく、ただのレティ・アンティッチとして贈っているからいいのよ」


 学園長として一人の生徒を贔屓するのは良くないことだ。それを危惧したジルヴェスターの疑問に、学園長――レティが片目を瞑りウインクをして答えた。


「そうか。ならありがたく受け取っておく」

「ええ。そうしてもらえると嬉しいわ」


 厚意をありがたく受け取ったジルヴェスターに、レティは慈愛の籠った微笑みを向ける。


「開けても?」

「いいわよ」


 綺麗に包装された祝い品を解くと、中には懐中時計と万年筆が入っていた。


「少し遅くなって申し訳ないけれど、誕生日プレゼントも一緒にしておいたわ」


 ジルヴェスターの誕生日は一月七日だ。

 今日は一月十五日なので八日遅れのプレゼントということになる。


「これ高かったろ?」


 ジルヴェスターは懐中時計と万年筆に目を凝らすと高価な物だと当たりをつけた。

 時計は意匠を凝っているが華美になりすぎず、持ち歩きやすくなっている。万年筆も実用的でありながら細かなところまで繊細に作り込まれているのが見て取れ、どちらも職人の業が遺憾なく発揮されたからこそ完成された一品だった。


「お金なら心配いらないわよ」

「そうか。ならいいが」

「それにしても貴方ももう十六歳になったのね」


 レティは過去に想いを馳せ感慨に耽る。


 彼女との出会いは八年ほど前に遡る。

 レティが特級魔法師第六席になって一年ほど経った頃だ。


 現在は一線を退いて席次を返上し準特級魔法師になっているが、当時は若き俊英として名を馳せていた。――『残響ざんきょう』という異名は現在も色褪せることなく国内に轟いている。


 八年前に初めて出会った時、ジルヴェスターは八歳で、レティは二十一歳だった。


 ジルヴェスターは当時八歳ながら魔法師として活動しており、特級魔法師第六席だったレティの世話になったことも多々あった。

 今ほどではないにしてもジルヴェスターは当時から優れた魔法師だった。だがいくら優秀とはいえ、さすがに八歳の子供には限界がある。肉体的にも精神的にもだ。


 如何いかに経験豊富なベテラン魔法師でも心身ともに過酷なのが魔法師という職務だ。

 そんな中、八歳の子供が魔法師として活動していること自体が本来は異常である。


 魔法師ライセンスは年齢関係なく取得できるが、普通は八歳の子供がライセンスを取得しようとは思わないし、周囲の者が反対するだろう。仮に取得を目指しても高確率で落ちるのが目に見えている。全くいないわけではないが、ジルヴェスターは極稀な例であるだろう。――もっとも、彼の場合は自分の意志関係なく周りが放っておかなかったのだが。


「あの頃は世話になったな」


 当時のことを脳裏に思い浮かべたジルヴェスターは、素直な気持ちをレティに告げる。


「当然のことをしたまでよ。それに放っておけなかったもの」


 他の同世代の人よりもいろいろと人生経験も豊富で精神的に大人びていたジルヴェスターだが、大人でも過酷な魔法師としての活動を八歳の頃からこなしていたのだ。

 魔法師としての活動はもちろん、精神的にもレティには助けられていた。――それも最初の内だけだったのだが。


「八年も前だものね。私も歳を取るわけだわ」


 現在二十九歳のレティが溜息を吐く。


「まだ若いだろ。外見も魔法師としても」

「あら、ありがとう」


 ジルヴェスターは思ったことを率直に伝えると、レティは微笑みを浮かべた。


 レティ・アンティッチは女性としては高めの身長でスラっとした長い手足、白い肌に葡萄ぶどうのような赤黒い紫色の髪を脱力ウェーブのロングにしており、撫子なでしこのような少し紫みのある薄い赤色――ピンクに近い――の瞳が宿っている。


 出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる凹凸の激しい豊満な身体つきだ。

 だらしなくならない程度に着崩したスカートタイプのレディスーツを着用しているが、隠しきれていない有り余る色気を醸し出している。もっとも、隠す気があるのかは本人のみが知ることだが。


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