目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第2話 入学式(二)

 ◇ ◇ ◇


 入学式が行われる時間に近づき、新入生たちが続々と講堂に集まっていた。


 打ち合わせを終えたジルヴェスターは、他の新入生たちよりも一足早く並べられた椅子に腰掛けていた。答辞を行う為、立って移動しやすい前から五番目の右端の椅子に着席している。ちなみに着席する椅子は各自自由に選んで問題ない。


 ジルヴェスターは時間を潰す為に、第五位階の無属性魔法『異空間収納アイテム・ボックス』を行使して本を取り出し読書に耽っていた。


 ――『異空間収納アイテム・ボックス』は異空間収納に物を保管し、出し入れすることができる生活魔法だ。異空間収納アイテム・ボックス内の時間は停止している。


 壁外で活動する魔法師の多くが習得している魔法だ。必須の魔法の一つでもある。

 壁外では補給がほとんど行えず、活動しやすいように荷物を制限しなくてはならない。なので『異空間収納アイテム・ボックス』は壁外で活動する上で欠かすことのできない魔法だ。収納可能量は個人の技量や魔力量に依存する。


 魔法には魔法協会が定めた位階があり、強力な魔法や行使難度の高い魔法ほど位階が高くなる。

 第一位階から第十位階まであり、その更に上には極致位階も存在する。当然、位階が上がれば上がるほど行使できる者は限られる。

 魔法協会が発行している魔法大全には全ての魔法が記載されている。


「――ジル」


 読者に興じていたジルヴェスターに声が掛かった。

 ジルヴェスターは本から目を離して視線を上げると、そこには制服姿の二人の少女の姿があった。


 ちなみに、ランチェスター学園の制服は男女ともにブレザータイプだ。ジャケット、スラックス、スカートの色は白、黒、赤、青、黄、緑、橙、紫、茶、桃、灰、紺の中から好きな色を選べ、ワイシャツ、ブラウス、カーディガンの色は自由だ。自由な校風故に生徒が自分の好みで選べる仕組みになっている。


「ステラとオリヴィアか。おはよう」

「ん。おはよ」

「おはよう。ジルくん」


 ジルヴェスターに声を掛けてきたのは、小柄で表情の変化が乏しい大人しそうな少女――ステラと、胸元をはだけて実年齢以上に妖艶さを醸し出している少女――オリヴィアの二人だった。


「隣空いているかしら?」


 オリヴィアはジルヴェスターの隣の椅子に視線を向けて問い掛ける。


「ああ。空いてるぞ」

「そう。ならお隣失礼するわね」


 空いていることを確認したオリヴィアはステラの背を促すように軽く押す。促されたステラは表情を変えることなくジルヴェスターの隣の椅子に腰掛ける。そしてオリヴィアはステラの隣に座った。左からオリヴィア、ステラ、ジルヴェスターの順に座る形だ。


「二人に会うのはステラの誕生日以来か」

「そうね」

「ん」


 三人は以前から親しくしており、友達と言える間柄だ。


「同じクラスになれるといいわね」

「ん」


 足を組んで顎に手を当て一々色っぽい仕草をするオリヴィアがクラス分けについての話題に触れると、表情にほとんど変化のないステラが数度頷いて同意を示す。


「そうだな。知り合いはお前たちくらいだし、同じクラスだと心強い」


 ジルヴェスターにとって新入生の中で顔見知りなのはステラとオリヴィアだけだ。――そもそも彼にとって同い年の友人はこの二人だけなのだが。


「――ああ、そうだ。ステラ、マークに新作が完成したから今度持って行くと伝えておいてくれ」

「ん。わかった」

「へえ。また新しいの作ったのね。どんなのかしら?」

「それはじきわかる」

「ふうん。らすのね」


 ジルヴェスターはステラの父であるマークと商売で提携している間柄だ。彼が設計、開発した物をマークの所で量産と販売を請け負ってもらっている。

 なので、近々新作を持ち込むとステラに伝言を頼んだのだ。


 オリヴィアは新作という単語に興味を惹かれたのか、色気を振り撒いくように小首を傾げて問い掛けるが、ジルヴェスターはすげなくあしらう。


 ジルヴェスターは同年代の数少ない友人である二人といると年相応の少年になる。それだけ二人に心を開いている証拠だ。――もっとも、年相応の少年になると言っても、実際同年代の少年少女と比べるとだいぶ大人びているのだが。他の子たちとは立場や経験値が異なるので仕方がないだろう。


「そういえば、ステラ。髪切ったのか?」

「ん。心機一転。似合う?」


 ステラはコテンと効果音が付きそうな仕草で首を傾げてジルヴェスターを見つめる。


 以前会った時はロングヘアだったが、今はセミショートほどの長さになっている。今回の入学を機に髪を切ったようだ。


「ああ。良く似合っているよ」


 ジルヴェスターは左手でステラの髪の毛先を撫でるように掬うと素直な感想を伝えた。


「ん。ありがと」


 ステラは控え目に表情を綻ばせて嬉しさを表す。


「良かったわね、ステラ」

「ん」


 喜ぶステラのことを慈愛の籠った表情で見守るオリヴィアは、自分のことのように嬉しそうにしている。


 ステラ・メルヒオット――彼女はジルヴェスターの数年来の友人だ。

 白くて綺麗な肌に、空気を含んでいるかのような軽やかでふんわりとしたエアリーショートの水色の髪。そして、陽射しに照らされて光輝く水面のように美しい碧眼を宿している。


 オリヴィアよりも十センチ近く小さい身長に、凹凸の控え目な身体つきをしている大人しくて庇護欲をそそられるような可愛らしい少女だ。


 制服のスカート丈は膝よりやや上で、ハイソックスを穿いている。白いジャケットのボタンを留めて、水色のブラウスに紺色のスカートを大人しい印象を与えるように着こなしている。


 彼女の実家は国内でも有数の大企業『メルヒオット・カンパニー』を代々経営している。なので、言うまでもなく実家は大金持ちだ。


 オリヴィア・ガーネット――彼女もジルヴェスターの数年来の友人である。

 褐色の肌に、大きなカールが特徴的な女性らしいラフカールロングの紫色の髪をルーズでラフなスタイルに仕上げている。


 敢えて無造作な感じを残して髪を整えることで魅力的な印象を高めている。この髪型が余計に色気を増している要因の一つだ。

 そして、髪色と同じ紫色の瞳を妖しく輝かせている。


 手足が長く男性の視線を釘付けにするような凹凸の激しい肉体に、色気を醸し出している妖艶さを惜し気もなく振り撒いている。たちが悪いのは色気を好き好んで振り撒いているわけではないということだ。彼女は自然体でいるだけにもかかわらず、無自覚に妖艶さを醸し出しているのである。


 制服は白のブラウスの胸元を着崩しており、ベージュ色のカーディガンの上に着ている黒のジャケットはボタンを外している。赤色のスカートはステラよりも短く、スカートとニーハイストッキングの間から覗くガーターベルトがより一層色気を際立たせている。


 彼女とステラの関係は主従関係だ。彼女の一族は代々メルヒオット家に仕える使用人の家系である。父は家令、母はメルヒオット家お抱えの魔法師、兄はマークの護衛兼秘書、叔母はメイド長を務めている。


 なので、オリヴィアとステラは生まれた時から実の姉妹のように育ってきた。もちろんおおやけの場では主従関係を弁えた態度で接するが、普段は姉妹のように仲良く過ごしている。

 事実オリヴィアはステラのことを妹のように可愛がっており、ステラもオリヴィアのことを姉のように慕っている。二人は同い年だが、オリヴィアの方が誕生日は早い。


 そうして三人が仲良く談笑していると、第三位階の無属性魔法『拡声ラウドゥ・ボイス』を用いたアナウンスが講堂内に響く。


『――只今より、入学式を執り行います。ご来場の皆様はご着席ください。繰り返します――』


 ――『拡声ラウドゥ・ボイス』は声を拡声させる支援魔法であり、集団で行動する時や大勢に情報を伝達する際に重宝される魔法だ。


「始まるわね」


 アナウンスを耳にしたオリヴィアが呟くと三人は談笑を切り上げ、姿勢を正して入学式に臨むのであった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?