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第21話・謝罪と目覚め

 エドガーによく似た銀の髪とアイスブルーの瞳を持つ、美しい高貴なかた。初めてお会いする王妃陛下。

 でも、その瞳に宿っているのは、激しい怒り。それが、真っ直ぐにあたしに向けられている。礼儀通りにご挨拶しないと、と思うのに、その気迫に押されて言葉が出ない。


「母上、元凶などと仰らないで下さい。彼女は兄上によく尽くしていましたし、今回の事は……」

「お黙りなさいシャルム。そなたたちが、癒しだ、エドガーに笑顔が戻った、と散々言うので、今まで大目に見て来ましたが、その結果がこれですか。癒しどころか、とんでもない不吉を招き入れたものです。どうしてここにいるの。何故地下牢に入れてしまわないの!」

「牢だなんて。彼女は何一つ罪など犯しておりません。全てはリベカのせいなのです!」


 レガートさまも必死であたしを庇ってくれる。でも、王妃陛下の言う事も解る。あたしさえいなければ、エドガーが危険に見舞われる事はなかった。


「レガートさま……いいんです。王妃陛下の仰る通りだと思います」


 か細い声しか出なかったけれど、あたしは両陛下の前に膝をつき、頭を垂れた。


「私のような者がお目汚しを……そして、エドガー殿下をとんでもない危険に巻き込んでしまった事を……お詫び致します」


 シャルムさまとレガートさまが、声も出ずにあたしを見つめているのが判る。

 でも王妃陛下のお怒りは一向に収まる事はないようで、


「しおらしくすれば許されるとでも思うの?! とにかくおまえはここにいるべきではないわ。不吉です。レガート、さっさと衛兵に牢へ連れて行かせなさい」

「王妃陛下、私はどんな罰だって受けます。でも、お願いです、一度だけ、エドガー……殿下に会わせて下さい」


 牢屋に入れられて、もう二度とエドガーに会えない……もしも、もしもそんな事になってしまったら、と思うと震えが走る。けれど、王妃陛下は、想像は出来ていたけれど、ますます怒ってしまっただけだった。


「何を言うの! 図々しい、今後一切、エドガーに近づく事は許しません!」

「母上、そんな事は兄上は望まれません。お願いです、どうか……」

「お黙りなさいと言ったでしょう。大体、癒しのペットならば、最初から檻にでも入れておけば良かったのです。そなたたちが甘やかすから、つけ上がって……」

「リーゼリア、もうよさぬか。病室の前なのだぞ、ここは」


 威厳のある声が響く。国王陛下は流石に王妃陛下程感情的ではないようなのが、一縷の望みになるかも知れない。


「エドガーが、身を危険に晒してまで守ろうとした者なのだ。どうするかは、あれが目を覚ました時に、あれ自身に決めさせるのがよかろう」

「みんな、エドガーに甘すぎます。大事な身なのに……癒しを得て気持ちが収まったのなら、今度こそ身を固めさせて、その妃を癒しにすればよいではないですか」

「そう簡単に切り替えられる筈がないだろう。そなたは、エドガーがあの時のようになってしまってもよいのか?」

「あの時は、子どもでしたが、今はエドガーだって、自分の役割を弁えています」


 すり合わない会話が延々続くのかと思ったけれど、この時、医務室の扉が開き、ほっとした顔つきの医務官の方が、


「皆さま、エドガーさまの意識が戻られました! 解毒も完了しました。元々、エドガーさまは毒に強い御身体ですから」


 ……ああ、よかった!! またぼろぼろ涙が零れる。最悪の危機は乗り越えた。場にいる全員が、ほっと息をついた。


「お腕は、見かけ上は元通りになりました。その……機能の方は、今後の回復具合を見なければなりませんが……」

「そう。とにかく、エドガーに会わせて頂戴。入って良いのでしょう?」

「はい、大丈夫です」


 ……あたしは? 


「おまえは駄目よ!」


 と心を読んだように王妃陛下に先に言われてしまう。

 でも医務官の方が、


「あの……エドガーさまは、エアリスさまを呼んでおられます。意識がない間も……」


 って、おずおずとだけど、言ってくれた! 結果、王妃陛下にすごい目で睨まれていたけど……。ごめんなさい、あたしのせいで。


「リーゼリア、エドガーはやっと意識が戻ったのだ。その希望は叶えさせてやろう」


 と陛下が仰って下さる。


「……今回きりですからね!」


 王妃陛下はそう言い捨てると、一刻も早く息子の顔を見ようと医務室に入っていかれた。その後に陛下とシャルムさま。レガートさまが、脱力しているあたしに手を貸して立たせてくれて、あたしはレガートさまについて病室に入る。

 立派なベッドに横になっているエドガーの顔色は悪い。たくさん出血したから……。お城へ運ぶまでの間、必死で止血をしようとした事は覚えているけど、いくら傷口を縛っても、全然血が止まらなくて。


「父上、母上、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。医師が、起き上がっては駄目だと言うので、このままで申し訳ありません」


 いつも誰にも偉そうなエドガーも、両親にはあんなに丁寧なんだ……でも、なんとなくよそよそしい感じもする。親子なのに。そしてこんな場合なのに。


「良いのですよ、エドガー。でも、もう二度とこんな無茶をしてはなりませんよ。魔の穢れも無事に祓えたのね? 大事な身体なのだから、おまえ一人の身体ではないのだから」

「……はい。申し訳ありません。でも大丈夫です。務めには何の支障も残りませんから」

「リーゼリア、そういう事は今言わなくてよいだろう?」

「いいえ、一瞬でもその事を忘れたからこんな事になったのです。わたくしは、母親として言うべき事を言っているだけです」


 何か違和感をおぼえた。エドガーは王様になる身だし、王妃陛下の仰る事は、親としておかしなところはない。なのに、なんだろう……。そうだ、エドガーはいつも、「大事な御身体ですから」と言われるのをすごく嫌っていた。解ってるのに、って。

 でも、それ以上今は考えていられない。レガートさまの陰に隠れるようにしてエドガーを見ていたけれど、本当に大丈夫だったんだ、って実感がこみ上げて来てまた泣いてしまう。


「兄上、ご無事で何よりでした」

「本当に」


 シャルムさまとレガートさまの呼びかけに、


「ああ。迷惑かけて済まなかった」


 とエドガーは素直に詫びる。


 それから。レガートさまの陰にいるあたしに視線を移して。


「悪かったな。怖かったろ? 一人で城まで運んでくれたって? 意外と力あるんだな」


 って、弱々しくだけど、笑いかけてくれた。


「いやそれはペガサスが……じゃなくって、ごめんなさい! あたしのせいで、こんな大怪我を……あたし……。あたしの首よりも、あなたの腕の方がずっと大切なのに!」

「泣くなよ、ばーか。俺はどうってねえ、って言ったろうが。腕は切れても繋がるが、首が切れたらおしまいだ。そんな事も知らんのか、間抜け」

「……だって」

「意識が飛んでる間も、おまえが泣いてるのがわかったよ。だから、早く起きてやらねえと、って思ってな。俺は大丈夫だから、もう安心しとけ」

「……うん」


 良かった。これだけいつもみたいに憎まれ口がきけるようになって。


 でも、このやり取りを聞いていた王妃陛下は、柳眉を吊り上げた。


「エドガー。なんという物言いなの。この人間の影響なのね!」

「いえ母上、兄上は以前からずっと、取り巻きの令嬢たちにはこんな感じで……」


 シャルムさまが取り繕ってくれるけれど、王妃陛下は止まらず、


「まあ! だから婚約の話がまとまらなかったのね。わたくしの前では神妙だったのに。よいこと、エドガー、もうこの人間をペットにしていてはいけません。カステリアが嫌なら、他の令嬢の名を挙げなさい。そして身を固めなさい。それがあなたの癒しになるわ」


 エドガーは、母の言葉に驚いたように目を見開いたけれど、


「……母上。エアリスは私のものです。どうか、私から奪わないで下さい」


 と、冷静に、丁寧に言った。でも王妃陛下は譲らない。


「駄目よ。この娘は不吉で、そなたを危うくしてしまう」


 その時、国王陛下が仰った。


「リーゼリア。エドガーは、今まで何一つ願い事なんてしてこなかった。聞いてやってもよいのではないか?」

「……! この娘はエドガーの枷になりますわ。わたくしはエドガーの為に……。本当は今すぐ翼を取り上げて輪廻の螺旋に返せばいいと思っています。でも、それが駄目ならば、牢に繋いでいればいいと思います。今まで通りに甘やかしては、お務めを果たせなくなる事態が起きるかも!」

「お務めお務めって、母上は何故それしか仰らないのですか! その時まで兄上が安らいで過ごせるようにとは思われないのですか! 兄上の気持ちを大事に思われないのですか!」

「エドガーは特別なのよ。シャルム、おまえとは違う。エドガーは情に流されてはいけないのだから!」

「リーゼリア!」


 しんとした室内に、ぱしっという音がした。なんと、陛下が王妃陛下の頬をはたいたのだ。エドガーもシャルムさまもレガートさまも息を呑み、医務官の方々はカーテンの陰にこそこそ隠れてしまう。あたしは唖然とするばかり。奥の宮に籠ってた国王夫妻は、もっと神がかったような方々かと思っていたのに、何故か普通に夫婦喧嘩?!


「おまえの気持ちは解っている。だが、何故そこまで拘る? たかが小娘一人の事ではないか。弱っているエドガーの前で言う事ではない!」

「……わ、わたくしは……」


 王妃陛下は涙を零された。


 ここで、レガートさまが進み出た。


「どうしてもこのままではいけないという事でしたら、彼女の身柄は私が預かります。牢は勘弁して下さい。王妃陛下、私は彼女に求婚しているのです」

「レガート、おまえ……」


 エドガーの呼びかけにレガートさまは笑みを浮かべて、


「大丈夫です。保護するだけで、何も手出しはしませんよ」

「エアリスは俺のだからな。……俺の目が黒いうちはな」

「判っていますよ」


 はあ、とエドガーは溜息をつく。王妃陛下は、


「じゃあレガート、その娘に関する責任は全てそなたが負いなさい。エドガーに再び害なすような事があれば、承知しませんよ!」


 そう言い捨てて、足早に出て行かれちゃった。


 他の人が口を開く前に、国王陛下があたしの前に来られた。


「エアリスとやら。エドガーの癒しになってくれて、わたしは感謝している。だが、妃は頑固でな。冷たいように見えるかも知れないが、あれはあれで、エドガーの事を思っているのだよ」

「! 解っています。私のような者が、エドガー殿下のお傍にいるのが快く思われない事くらい……」


 天使の王様。本来なら、直に話すなんて考えられないくらい偉いかた。でも、シャルムさまに似た金髪の王様は、王妃陛下と違って優しかった。


「そなたは引き続きエドガーの癒しになってくれれば助かる」

「……私、牢に入らなくても良いのですか」

「勿論。あれがああ言うから、取りあえずレガートの館に移ってもらえばそれで構わぬ」

「……はい。ありがとうございます」


 あたしが涙を零しながらうなだれている間に、陛下はエドガーに「ちゃんと養生しなさい」と声をかけて出て行かれる。


 医務官の方々は隠れているので、場には、エドガーとシャルムさま、レガートさまとあたしが残された。


「エアリス、こっちに来い」


 とエドガーが言うので、あたしはようやく近寄る事が出来た。エドガーは、自由な右手で、いきなりあたしの首根っこをがしっと掴んで、


「なんか色々あったけど、おまえは俺のものだからな。それを忘れなければそれでいいんだ。泣いたり心配したりするな」

「うん……。エドガー、本当に、無事でよかった……」

「はあ? おまえは、俺がリベカごときにどうかされるような腑抜けだと思ってたのか? ペットを守るのは飼い主の義務なんだから、気にすんな」

「うん……エドガー、腕に触ってもいい?」

「……好きにすればいい」


 あたしは、包帯が巻かれたエドガーの左腕にそっと触れた。あの時、切断された腕が地面に転がっていた光景を思い出すと胸が苦しくなる。だけど、ちゃんと医務官の方々が繋げて下さって本当に良かった。あとは、元のように動くようになってくれれば……と、腕に触れながらそればかりを祈るように思った。


「――?」


 エドガーに触れているあたしの掌が、ふと、温かみを帯びて来た気がした。そうして……光が放たれた。そこから、あたしの力がエドガーに入っていくのをはっきりと感じた。


「エアリス?!」


 元々、あたしの体力は限界まで来てた。

 取りあえずエドガーは無事だったし、あたしも牢屋に入れられなくって済んだ。そして、更に貰った力を少しばかり、返せたのかも。そう思ったらすこし、気が緩んだみたい。

 三人が慌てているのを感じつつ、あたしはそのまま崩れ落ちた。

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