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『お願い昔のことは謝るから、貴女の口添えで、何とかあのひと…… 貴女のお兄様と離婚できる様にして……』


 涙ながらの手紙。

 毎日の様に届くその差出人はアルマ・サットン。

 私の義姉だ。

 引き出しの中の綺麗な小箱に入れ、私は小さな鍵までかける。

 と、ドアがノックされる。


「楽しそうだね、仕事、乗ってるのかい?」


 夫が小さなトレイに紅茶と菓子を乗せてやってくる。


「いいえ、今きりがついたところ」

「いやいや今話題の作家様としては、遠慮なんかしちゃいけないよ?」

「そんなことないわ、まず貴方と毎日楽しく暮らすことが私の執筆の糧になるのよ……」

「モニカ……」

「ジェームズ……」


 私達は見つめ合って、今の幸せをひたすら味わう。

 この幸せのためになら私はあんなものは幾らでも放っておくわ。

 だいたい今更頼ってくるなんて、虫が良すぎるでしょ。

 学校時代、私をいろいろと虐めようとしてきたくせに。



 あれは私が十五、六の頃だったろうか。

 田舎の領地でずっと育ってきた私は、都会の寄宿学校へと編入した。

 兄のトーマスは三歳違うのだが、既に何年も前から学校には入っていた。

 成績優秀、人望もあつく、寮の監督生にも選ばれたことがあるらしい。

 素晴らしい外面ですね、と私は両親に言った。

 いやその外面が、将来社交界に出る時には大事なのだ、と両親は言った。

 それは違うでしょう、と私は思っていた。

 この頃、両親の期待は常に兄にばかりかかり、私に関しては、乳母と家庭教師に任せきりだった。

 まあ、それならそれでいい。

 人選だけは両親も上手かったらしく、乳母も家庭教師も良いひとで私は大好きだった。

 特に、家庭教師は両親の無関心さをたびたび嘆いていた。


「そりゃあ確かに跡取りの方とお嬢様では扱いが違うことはよくありますけど……」


 私は何とも思っていなかった。

 いや、それ以上に気にしなくてはならないことがあったのだ。

 兄は外面がいい。

 それこそ物心ついた頃から。

 それは様々なところに視線をやり、情報を共有する使用人すら完璧に騙す程だった。

 無論一日のうち大した時間しか会わない両親を騙すことなど、簡単すぎるものだったろう。

 たとえば。

 お母様の誕生日。

 兄は庭園の薔薇を沢山花束にしてやればいい、と私に言う。

 私は棘がある薔薇の中でも、できるだけ綺麗なものを沢山集めて、お母様に渡す。

 ところがその時お母様は。


「きゃああああ! 何ってこと…… 私が時間をかけて育てさせた薔薇が…… 今度、**夫人と++夫人を招待してお見せしようと思ったのに……」

「モニカ! どうしてこんなことをするんだ!」

「え? だって、あの、切っていいってお兄様が」

「トーマスが? お前?」

「何のことだい?」


 さらっと。

 実にさらっと兄は本当にそんなこと言った記憶など無い、という風に振る舞った。

 そもそもが「秘密だよ」というニュアンスで届けられる言葉だったのだ。

 彼が否定すればそれだけだ。

 私はせっかくの薔薇を母親の誕生日に台無しにした困った子供、というレッテルが貼られた。

 後で乳母に泣きついたが、彼女は彼女でこう言った。


「モニカ様、いくら何でもあの言い訳は通りませんよ。トーマス様がそんなこと言う訳ないじゃないですか」


 それが七歳の時だった。


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