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「え、スティーブンスはまだ出てこれないんですか」

「ああ、まあ別に辞めさせる程ではないが、あんまり長く続くと、仕事がなあ……」

 事務所の上司も困った顔をする。

「離婚の危機だとか言ってましたから、もう少しかかるのかも」

「何っ離婚だって?」

 上司は食いついてきた。

「お前のところは大丈夫だろうな?」

「俺は妻の手料理に惚れた以上絶対に手放しませんし、絶対に彼女に逆らいません。元気の素ですから」

 そう言って机の上に置いた本日のサンドイッチの入った包みを指す。

 ぷは、と上司は笑った。

「だがさすがに続きすぎるとなあ…… ロバートお前、午後から一度行って様子見てこい」

 判りました、と俺は答えた。

「おやロバート君、久しぶりだねえ」

 出迎えてくれたのは、彼の父親だった。

「いやあ、葬式以来だね、座って座って」

 応接に通されると、妻が会ったらしいメイドがお茶を出してくれる。

「このまま休みが続くと、さすがに補充要員の募集をかけなくてはならない、と上司が」

「うん、まあそれはそうだねえ。だがなあ……」

 中規模くらいの実業家であるスティーブンス氏は、何やら言葉を濁す。

「そう言えばハロルドの奥さんは? お出かけですか?」

「む…… 実は今、実家に帰っているんだ」

「え」

「どうにももう耐えきれない、とさめざめと理由を話してくれたよ」

「確かに今の状態は良くないとは思いますが…… でも、ハロルドは彼女に一目惚れして、それで」

「なあロバート君、君はあれが彼女の何処が好きになったのか、知っているかい?」

 スティーブンス氏はマントルピースの上の、奥の方に置かれている写真立ての一つを手に取った。

「え」

 ガラスが割れている。

 いや、写真立て自体が壊れている。

「先日、あれの前で彼女が床に投げつけたんだ。それであれが彼女の頬を張ってなあ……」

「ハロルドが?」

 そして俺はその写真立てをよく見る。

 中に入っていたのは。

「奥方…… ではないですね」

「亡くなった妻の、若い頃の写真だ」

 俺は本気で驚いた。

 マントルピースに大量に置かれている写真の中でも後の方にあったので、いくら毎週の様に来ていた時期でも気付かなかった。

「似ている、とは聞いてましたけど」

「ああ。正直あれが連れてきた時私は息が止まるかと思ったよ。結婚は許したが、……少し不安はあったんだ。この写真は特にハロルドの好きなものでな……」

 ふう、と肩を落としてスティーブンス氏はため息をつく。

「あの、ハロルドに会ってもいいですか」

「頼むよ。私の言葉は聞かなくても、友人の君の言葉なら届くかもしれない」

 そして俺は二階の彼の部屋へと通された。

 ノックをすると、誰、と声がしたので「ロバートだ」と短く答えた。

 少し間を置いて、どうぞ、と声がした。

 そして扉を開けると。

 部屋は暗かった。

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