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「ねえねえ貴方、貴方のお友達のスティーブンスさんが離婚の準備に入ってるって本当?」

 ある日俺が家に戻ると、妻のシェリーが玄関にたたたたたと駆けてきて、お帰りなさいの前にそう聞いてきた。

「ただいま。いや、初耳だけど。……その前にちゃんとお帰りのハグをしてくれないのかい?」

「ああごめんなさいロバート、ついあんまりにも噂を聞いてびっくりして」

 そう言って俺はシェリーを抱きしめ、軽くキスをする。

「夕食はまだ? ごめんなさい、先に済ませちゃったけど」

「それならちょうどいい。君は話をじっくりしたい様だし」

「待っていられたらよかったんだけど、何か今日作った煮込みの出来がとっても良くって! ついついつまみ食いしすぎちゃって!」

 そう言いながら出す妻の手料理は、確かに絶品なのだ。

 大概はローストビーフでもチキンでもポークなのだが、時々こってりとした汁物を出してくれる。

 ハッシュ・ド・ビーフを当初は作ろうとして、家庭雑誌に載っていたレシピを参考にしたのだと。

 そして何となく水を入れすぎた、と思った時に残っていた野菜も一気に片付けようと煮込んだら、野菜の味が加わって、絶品になったのだという。

 温め直したそれを、深皿にたっぷり盛って出し、小ぶりの丸パンを添えて。

 こういう時結婚して良かったとしみじみ思う。

 独身の頃ときたら、朝はスタンドでサンドイッチ、昼は定食の多い安上がりな店を同僚と一緒に。

 そして夜も途中の店でフィッシュアンドチップスを買ったり、まあ何かしらの屋台料理。

 時には同僚とビアホールで軽く食べて。

 だけどそれではなかなかに身体の疲れが取れない。

 けど今はどうだ!

 妻の料理は本当に美味い。

 朝はきちんとしたプレートに感動した。

 カリカリベーコンに、俺の好きなターンオーバーの目玉焼き、それに自家製ジャムやマーマレイドを添えた薄いトースト。

 しかもトーストはマフィンになる日もある。

 妻はともかく料理好きで、しかも食べることが好きなので味にはうるさい。

 俺は今まで人生でこんなに美味いメシを食ったことが無いので、毎日が感動の嵐だ。

「……それでね、その理由っていうのが」

「あ? ああ」

「嫌ねえ聞いていなかったの?」

「ああ、あまりにも今日の煮込みが美味しすぎて」

「良かった! そう今日はお野菜がいい感じで市場に出ていてね。それでそこでスティーブンスさんの奥さんのご実家のメイドさんと顔合わせたのよ」

「へえ」

 ハロルド・スティーブンスは俺の勤める会計事務所の同僚だ。

 学校時代からの一つ上の先輩でもある。

 ただ彼はおっとりとしたところがあって、途中で一年留年した。

 だが両親もやっぱりおっとりした人々だったので、一年くらいは大したことはない、と逆に数少ない友人と同じ学年になったことを喜んでいたくらいだ。

 実際その数少ない友人としては、よく家に呼んでもらった。

 そこで彼の母親の手料理を御馳走してもらい、当時給費生で常に腹を空かせていた様な俺はまあこの時とばかりに味わわせてもらった。

 この母親というのが、実によくできた人だった。

 料理もそうだが、メイドも住み込みが一人しか居ない様な家で、家事を完璧にこなしながら、貴婦人さながらの教養を持ち、時には金持ちのサロンへ呼ばれていき、詩の朗読やピアノを弾くことを頼まれることも多かった。

 寮に居た頃、そんな母親の話を俺は彼から散々聞いていた。

 そして休みになると、郊外にある彼の家にお邪魔するという繰り返しだった。

 仕事に関しても、やや存在感の薄い彼の父親よりは、母親の方のつながりで今の会計事務所を紹介してもらっていた。

 そして俺はそのまたつながりで雇ってもらえたのだ。

 俺はともかく一人前に食えることが目標だったから、紹介してもらった事務所で一生懸命働き、資格の勉強もしていった。

 おかげで、事務所の中でも今ではありがたいことに無くてはならない人材とされている。

 そしてようやく余裕ができたところで、結婚話が出てきたのだ。

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