目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
前編

「おいマックス! お前、サリューナと婚約破棄したんだって!」

「ああエルド、今はその話をしないでくれ……」

 少なくともこんな往来のテーブルで、とマックス――俺の幼馴染みは頭を抱えた。

「す、すまん。けど最近お前全然見せなかったから」

「ああ…… しばらく伏せってたんだ。ちょっと色々ありすぎて」

「色々、の内容聞いていいか?」

「君本当に昔からゲスの勘ぐりが大好きだな」

「すまん。だがお前とサリューナはあれほど好き合っていただろ? だから俺、今回の話を耳にはさんだ時、信じられなくて」

 と、その時マックスの動きが止まった。

 そして立ち上がると俺の手を引っ張って走り出した。

「ど、どうしたんだ!」

「サリューナに見つかった!」

「え?」

 何で見つかってこのリアクションなんだ? 

 俺達は外のテーブルの間をすり抜け、職場のある建物の中へと入って行く。

 とりあえず受付を越えれば安心、とばかりに奴ははあはあと息をつきつつ、近くのソファにどっかりと座り込んだ。

 そして慌てて声をあげる。

「頼む、僕に会いたいと突進してくる女が居たら、誰であってもとりあえず止めてくれ、若い女だったら確実に!」

 一体奴に何があったっていうんだ。

 俺が知っているマックスとサリューナ嬢は、まあある程度以上の美男美女、家同士の婚約者だったとは言え、お互いにちゃんと好意をもって付き合っていたはずだ。

 二人してよく腕を組んでピクニックに行くのに、俺も付き合わされた。

 やがて俺は俺で今の妻を紹介され、ダブルデートという形で一緒に遊んだりした。

 その時の奴等は本当に楽しそうだったし、ともかくお似合いだった。

 そしてそういう姿をじっと見ていると、俺の今の妻であるダーリヤが耳を引っ張ってきたものだ。

 彼等と別れた後ダーリヤはよく俺にこぼしたものだ。

「どうせ私はサリューナ様ほど美人じゃありませんよー」

 そう言ってむくれた。

「え? まあ確かに彼女は美人だけど、俺のタイプじゃないよ」

「タイプじゃない?」

「そうそう。俺はああいう何というか夢見る様な美人よりは、しっかりとした肉付きの、真っ直ぐにこっちを見てくれる様な顔の方が好きだし」

「ちょっと待ってそれって、私の顔が丸いってこと?」

「まあ確かに丸いけど…… 丸いのいいだろ? 可愛いし」

「!!!」

 そう言うとダーリヤは頭から湯気が出そうな勢いでこっちを向くとぽかぼかと俺の胸を握りこぶしで叩いたものだ。

 まあ実際、サリューナさんは綺麗だった。

 だが何というか、視線がいつも何処かを見ている感じで俺としてはちょっと苦手だった。

 奴からすると「昔からあんなものだったよ」ということだったんだが。

 ともかく俺はそんな彼女とは婚約期間もそう長くせず、さくっと結婚した。

 ダーリヤは地に足がついた女だった。

 そういう彼女と、こぢんまりとした温かい家庭を作りたかったんだよな。

 家はでかいし金はあるし、父親の地位も高い。

 そんで俺自身は三男だから家の後継とはあまり関係なしに気楽に学校を卒業した後は役人をやっている。

 ただ、母親だけが小さい頃に亡くなっていたから。

 何というか「家庭」というものへの憧れが強くて。

 だからもう絵に描いた様な家庭が、小さくていいから欲しかったんだ。

 で、今は本当にそうなっている。

 のろけている訳…… だな。うん。

 のろけだ。

 実際決して大きくはない家だけど、二人とメイドだけで回すにはちょうどいいし。

 そのうち子供ができたら状況は変わるかもしれないけど、それでも無駄にでかい家の中で寂しいよりいいと思う。

 だからこそ、幼馴染みで学友で、今は職場仲間でもあるマックスにもそれを早く味わわせてやりたいと思ったんだけど。

 それが婚約破棄だって?

 どうにもこうにも納得がいかない。

 だが、その話が職場に広がった時、奴は二週間くらい休暇を取っていた。

 病欠とあった。

 そしてようやく出勤してきたのだ。

 これは聞かない訳にはいかないだろう。

 吐き出せることがあれば聞いてもやりたいし。

「まあ出勤すれば、君がこうやって来るとは思ったけどね……」

 マックスはふう、とやややつれた頬を歪ませた。

「今晩うちに来いよ。ダーリヤも喜ぶよ」

 判った、とマックスは言った。



 まあお久しぶり、とダーリヤはマックスを出迎えた。

 だがその声に奴は少しびくっとした様だった。

 何だろう、と思いつつ晩ご飯の席を三つにする様に頼んだ。

 その間、俺は親父から結婚祝いに巻き上げたウイスキーの瓶を取り出し、どうだ? と奴に勧めた。

「お食事前に止してちょうだい!」

という声がしたが、

「ほんの少しだよ」

 そう言って指二本程度の量だけをグラスにすすめた。

「ああありがとう」

 香りを確かめる様にして少しだけ口に含むと、奴は話し出した。

「昼間、僕がサリューナから逃げたのを君も見たろう? 正直言うと、ちょっと今、女が怖くなっていたりするんだ。ごめん」

「あ、いやそれはいいけど…… あ、だからさっき」

「ああ。君の奥さんだとちゃんと判っているからそのくらいで済んでいるんだが、今は正直、未婚の女に出会うのが怖いくらいだ」

「……一体サリューナと何があったんだ?」

「他の男の子供を孕んだ」

「はあ?」

「ただもう腹の中には居ない。堕ろしたんだ。いや、無論内々にだろうが。そうしたら、それからずっと僕を追いかけてる」

「いやいやいや、それ情報量が多すぎてだなあ」

「そうだな。じゃあまあ、最初から話すよ」

 そしてもう一舐め、ウイスキーで口を湿らせた。

「実際、ほんの二ヶ月前までは、何の問題もなかったんだ」

「二ヶ月」

「そう、二ヶ月だ。その頃彼女が急に子供が出来た、と言ってきたんだ」

「結婚前なのに!?」

「三ヶ月だ、と言って嬉しそうに僕の前にやってきた。……まずこの時点でありえないだろう?」

 ありえない。

 少なくとも、一応俺達はそれなりの階級に居るからには「婚約者にだけは」婚前交渉はしない。

 欲望の吐き出し口はメイドや商売女になる。

 今の時代となっては、それはどうだ、という声も上がり始めているが、まあそこは今問題にすることじゃない。

 ともかくマックスはサリューナとは一度たりとも行為をしていない、ということだ。

 なのに子供ができた?

「浮気か」

「たぶん」

「何で」

「当初は誰の子か言わなかった。『あなたの子よ』と言い出す始末だ」

「覚えは?」

「ある訳ないだろう? だいたい僕はそんな器用じゃない。それに仮に僕だ――という言い分を通そうとしても、三ヶ月だったら」

 二ヶ月前の更に三ヶ月。

「……そっか、お前確かその時期、出張に出ていたよな」

「そうだよ。僕は出張で半年がところ国を離れていたんだ。で、帰ってきたら、そう言われたんだ。あり得ないだろう?」

 うん、あり得ない。

 俺は大きくうなづいた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?