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第4話動乱

 その日は、朝から場内に異様な空気が満ちていた。

「なんだろう?」

 異形には理由が分からない。

 問うてみようにも、答えてくれるはずの柱の姿が見当たらない。

 仕方なく異形は、城内の様子を窺って回った。

 隠れるように覗き見る城内は、世間に疎い異形にも普段とは違うことが分かるほど浮かれていた。

 人々の明るくウキウキとした様と反比例するように、異形の心には不安が広がっていく。

 柱の姿を求めて、アチラにコチラにと飛び回っていた異形は、城内で一番広い部屋が騒がしいことに気付いた。

 宴など特別な時に使われる部屋で、朝早くから何が行われているのだろうか。

 疑問に思った異形は、恐る恐るなかを覗いた。

 窓には覆いがかかり、室内は朝だというのに薄暗い。

 それでも、室内の様子はよく見えた。

 人々がそれぞれの手に灯りを持っていたからだ。

 手に灯りを持った人々が、浮かれた様子でうごめいていた。

 揺れる蝋燭の炎の中で浮かれに浮かれている。

 異様な光景だった。

 雰囲気に気圧されて後ずさりした瞬間、一段と高く大きな雄叫びが上がった。

 その声に、異形は聞き覚えがあった。

 声の主に目をやれば、やはりそこには柱がいた。

 だが、異形が知っている柱ではない。

 目は爛々と輝き、白すぎる肌にはダラダラと汗が流れていた。

 いつもは整った美しい金の短髪は、かき乱したように逆立っている。

 柱は、普段の穏やかな姿からは想像も出来ない、激しくほとばしるモノを発しながら叫ぶのだ。

「我は柱! 今日こそ約束の役目を果たすっ! 地に永遠の祝福を!」

 観客たちはどよめき、何処からともなく剣を手にした者が四人、現れた。

 鋭く冷たく光る切っ先にたじろぐことなく、柱の目は爛々と輝いていた。

 そして叫ぶ。

「時は満ちた! 今こそ柱は、柱とならん! この地の民の為に! 土地の繁栄を願って!」

 その声は、まぎれもなく柱の物だった。

 だか、そこにある意思は、本当に柱の物なのだろうか?

 異形は疑問に思ったが、その疑問は疑問のまま、永遠に謎となる。

 何故なら、柱は八つに裂かれたからだ。

 鮮血は赤く糸を引いて飛び散り、石と土で出来た床と壁を汚した。

 いっそう高く上がる声は、宴の最高潮を知らせた。

 柱は八つに裂かれ、城の八方に埋められた。

 人柱となったのだ。

 少なくとも、城外の民の為ではない事は明らかだった。

 別れも告げず、消えた柱の意思は謎のまま。

 忌み嫌った者の為に人柱となった、柱の想いは謎のまま。

 その事実だけが冷たく転がっている。

 異形には、分からない。

 今更だ。

 分かった所で仕方無い。

 今更だ。

 分かった所で異形が出来ることなど何も無い。

 異形は一人、この城に残された。

 その現実だけが、異形に重くのしかかっていた。

 柱の居ない日常が始まり、異形の生活は姿を変えた。

 異形が城内育ちであっても、城内の者が世話をしてくれることはない。

 代わりに、わずかばかり城に出入りしている城外の者が、柱の役割を分担して担った。

 自然と城外の者との接触は増え、得る知識も増した。

 彼らは、異形の姿を恐れる事もなければ忌み嫌う事もない。

 代わりに、期待を込めた目で見るのだ。

 何を求めているのか。

 それが分からないほど愚かでも、鈍くもない。

 それゆえに、息苦しく、心苦しく。

 何も口に出来ないということは、否定も出来ないということだ。

 結果、後継の鋭い視線に晒される事が増えた。

 城内の者の視線も、一段と冷たくなっていった。

 ある日のこと。

 異形は食べた物を血と共に吐き出した。

 毒を盛られたのだ。

 誰がどんな意図でしたことか、異形には分からない。

 城内の者が異形を排除するために毒を盛ったのか。

 城外の者が異形を神化するために殺そうとしたのか。

 どちらにせよ、限界だった。

 異形が城に留まる事は。

「異形、貴方は尊いお方。我々を導いてくれる人となる。我々に付いて来て下さい」

 城外の者である志士は、異形に告げた。

 彼に付いていくしか、異形が生き延びる術はない。

 付いていくのは、自分自身の命の為だ。

 そんな自分を、異形は素直に認めていた。

 だが、期待の目を向ける城外の者に、言えるわけがない。

 命を失いたくないから逃がしてくれ、とは。

 導けと言われても自分に出来る事とは思えなかったし、導く先など何処にあるというのだろうか。

 疑問は異形の心に浮かんだが、それを口にする事はなかった。

 黙したまま、言われるがままに、城外に逃れた。

 振り返り仰ぎ見る城は、大きかった。

 大きくて冷たく、何の愛着もない、ただの建物だ。

 王を始めとする住人達にも感じるものはない。

 それが幸なのか、不幸なのか。

 それすらも異形には分からなかった。

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