「なぜあのような者を、手元に置くのですか」
後継は、父である王に言う。
これが初めてでもないし、最後でもない。
言葉の底に刺を含ませながら迫る息子に動じることなく王は答える。
「全ては神のご意向だよ」
そして、ニッコリと笑って見せた。
いつものように。
後継は、父がまるで分からなかった。
王という役職を持ち、いつも変らず穏やかで全ての物事は以前から決まっていたと言わんばかりに迷い一つ無く問題を処理していく目前の人物が。
そのような人物に、親としての温もりとか、人の持つ懊悩への理解だとかを求めても無駄なのかもしれない。
しかし、それでも後継は希望を捨て切れなかった。
「では神のご意向は、異形をどうする事にあるのですか? 異形に何をさせるおつもりですか? 醜いあの生き物に、世界を変える力でもあるというのですか? まさか、王の座を譲るおつもりでも、あるのですか?」
知らず知らずに鋭くなる後継の語気に動じることなく王は穏やかに言う。
「それは時が満ちれば分かること。我らは神を信じて、日々をこなしていけばいいのだよ」
王は、あくまで穏やかだった。
絵に描いたように穏やかだった。
腹の中に別の思惑があるとは、とても思えなかった。
思えないからこそ、不審が募る事もある。
一体、王の真意は何処にあるのだろうか。
自分の中に淀んでいく黒い想いを抱えたまま、後継は自室に戻った。
「王が分からぬ」
吐き出すように言ったとて、気分が晴れることはない。
疑問を吐き出してスッキリするのなら、そうしている。
疑問は次から次に湧き、吐き出しても吐き出してもスッキリすることはない。
現状は変わらず、湧きだす不満で溺れそうだ。
「何も心配なさる必要はありませんでしょうに」
側近の者が、なだめるように言った。
「いや。心配する必要はある。私には、何も分からぬのだ。神の意向とは、何だ? 私へのソレも、王へのソレも、異形へのソレも、私には分からぬ」
言葉にすればするほど苛立ちはクッキリとした輪郭を持って現れた。
だが、輪郭だけだ。
中身は無い。
「何を心配しておいでなのですか?」
「分からぬ事が、とにかく不安なのだ。王は異形に跡をとらせる気かもしれぬ」
「まさか。そのような事は……」
「無い、と言い切れるか? お前は」
側近の者は、黙ってしまった。
「言い切れる事が、何ひとつないことが不安なのだ。王は……父は、何の迷いもなく見える。ソレが王の王たる所以なのだとしたら。だとしたら、私にその資格は無い。王となる資格は無い。私にその資格が無いのだとしたら、跡を取るのは誰だ? 異形なのか?」
「そんな馬鹿な」
「そう、そんな馬鹿な事は無いだろうし、回りも納得しないだろう。だが。無い、と、本当に言い切れるのだろうか? 私には分からない」
荒れた気分のまま、後継は窓から外を眺めた。
そこには荒れ果てた大地が広がっている。
いつもと変わらぬ姿を見せる大地。
私は、こんなものが欲しいのだろうか?
ここを自分の物にしたからといって、価値など無いようにも思える。
だが。
その価値が無いようなものすら手に入らないとなった時、自分はどうすればよいのだろうか?
後継にその答えは無かった。