アレから3ヶ月が経ち、運命の卒業式の日がやってきた。
初めて緑丘さんに告白された校舎裏で僕は彼女を待っている。
やっとだ。やっと今日僕は緑丘さんと恋人関係に進展する。
数えきれないくらいデートを行った。
緑丘さんの好き好き光線に負けないくらい僕も好き好き光線を繰り出したのだが、毎回回避されてしまう。
でも、今日こそ僕の気持ちを被弾させてやる。
緑丘さんの姿が見えてきた。
決意に満ちた顔だ。
「よくぞ逃げずに来てくれましたね」
決闘かな?
「私からの告白を正面から受ける気ですか。負けません。その鉄壁の防御を絶対に打ち砕いてみせます」
決闘かな!?
とても愛の告白の雰囲気とは思えない。
どうしてピリピリした冷たい緊張感が漂っているのだろう。
緊張を吐き出すように緑丘さんは大きく深呼吸を繰り返していた。
やがて目がカッと見開かれる。
覚悟を決めた女の顔だった。
「青戸空くん。私はこの3ヶ月を以って全力でアピールさせて頂きました。この3ヶ月間で貴方が見たものが私の全てです」
本当にアピールが物凄かった。
毎日好き好きってくるだけならまだしも、唐突にスキンシップしてこようとするし、毎日僕に弁当を作ってくるし、疲れて寝ている時に唇を奪われるなんてこともしょっちゅうだった。
本当に……なんで付き合っていないんだ僕らは。
その元凶が次の言葉を紡ぎ出す。
「正直、青戸くんの気持ちを動かすような行動は起こせませんでした」
自己評価が低すぎる!?
十分すぎるくらいアピールもらっていましたが!?
「でも、貴方を想う気持ちだけは絶対に誰にも負けません。私が貴方の好みの子ではなかったのは残念ですが、でも私変わって見せますから! 貴方好みの女の子に絶対なります!」
どうしてこの子は自ら敗北宣言を繰り出しちゃうのかなぁ。
それさえなければ本当に理想の子なのに。
「だから――ほんの一時でもいいから! 飽きたらその場で捨ててもいいから! だから私を貴方の傍においてください!」
この子の中の僕ってクズすぎない?
自分の好みに染めるとか飽きたら捨てるとか。
でも気持ちはたしかに僕の胸に届いた。
真っすぐな瞳、真っすぐな気持ち、言葉も真っすぐなら尚良かったけど彼女の純真な気持ちはすごくストレートに響き渡った。
僕の答えの番だ。
なんて答えるかなんて3ヶ月前から決まっていた。
「よろこんで。ずっと傍にいてください」
肩を抱き寄せながら愛の言葉を返す。
緑丘さんの瞳に涙が浮かぶ。
身体全体が大きく震えていた。
そのまま崩れ落ちる様に両膝を着いた。
「やっぱり……やっぱり駄目でした……うわーん! 振られちゃったよぉぉぉ!!」
「聴力大丈夫!? キミ!」
彼女の言葉は僕の胸に届いた。
でも僕の言葉はまるで彼女に胸に届いてくれなかった。
「だ、だって、ぐすっ! 『傍にいることは許す。だけど勘違いするな。僕の気持ちが揺れ動くことなんて決してないんだ。そこだけは間違えるんじゃないぞ』って意味ですよね。ぐすっ! うわーん! 頑張ったのに好きになってもらえなかったよぉぉ!」
「言葉の尾ひれがひど過ぎる!? そんなこと微塵も思ってないから! 本当の本当に好きだから! どうしたら信じてくれるのさ!」
「ぐすっ。だったら、キスして」
「御意」
緑丘さんの顎を持ち上げて言われた通りキスをする。
3か月前彼女がしてくれたみたいに長い長いキス。
「頭撫でて」
「御意」
これは初めての経験だ。
女の子の頭を触るなんて初めてなので少し戸惑ったが、僕はゆっくり彼女の頭を触り、左右に手を動かした。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
彼女の涙は徐々に消えていき、緑丘さんは僕にされるがまま撫でられ続けていた。
「4年後……」
「えっ?」
「私は卒業式の日に告白すると、い、いいま、した。でもそれは『高校』のって意味じゃないもん。『大学』の卒業式って意味ですもん。だ、だから、私には、あ、あと、4年、ちゃ、チャンスが……あるんだもん」
本気で自分が振られたと思い込み、緑丘さんがささやかな抵抗を申し出てくる。
そのいじらしさがとてつもなく可愛らしい。
愛しさがあふれ出てしまい、僕は彼女を抱きしめた。
「わわっ、今日の青戸くんは私にたくさんサービスしてくれますね。なるほど、わかりました。私を極限まで惚れさせて依存させる気ですね? そのタイミングで私を捨てて愉悦に浸ると」
「……そんなクズでも緑丘さんは僕の傍にいてくれるんでしょ?」
「当然です。青戸君が私から離れることはあり得ますが、逆は絶対にありません。むしろしがみついてでも離れることを拒否させて頂きます」
さっきは『飽きたら捨てていい』みたいなことを言っていたけど、今は少し気持ちに変化が生じているようだ。
「わかった。もうそれでいいよ。お互い気の住むまで一緒にいよう。どちらかが離れようとしたらしがみ付こう」
「い、いいの……ですか? 私本当にしがみ付きますよ? コアラ並に腕に絡みつきますよ?」
「いいんだ。何ならワニ並に絡みついてくれ。そして4年後にまた告白をしてくれ」
「もちろんです! 4年間かけて必死にアピールします。貴方と付き合う為になんでもする気です!」
「わかった。僕の方こそ4年をかけて判らせてあげる。僕がどれだけキミを好きかということをね。疑う余地もないくらいキミに依存しているいうことを今度こそ思い知らせてやる!」
そしていつかキミの持つ告白反射鏡を叩き割る。
僕の言葉が真っすぐ届くように。
「言っておくけど僕は手を抜かないからね。僕が『全力』しか出せないことをキミは知っているはずだから、覚悟するんだね」
「な、なんか珍しく青戸君が怖いです。よくわからないですが、これからも青戸君の傍にいられるんですね!」
「ああ。離れるなんて許さないからね」
「望むところです! 青戸君、4年後こそは覚悟してくださいね!」
僕らはこれからも共に歩み続ける。
互いに好き同士なのに付き合えない二人のままで終わる気はない。
「(絶対に青戸くんを落としてみせる!)」
「(絶対に緑丘さんのガードを打ち砕く!)」
両思いにならない僕らの両片思いはまだまだこの先も続きそうだった。