すごかった。
昨日の緑丘さんは本当に10分近く口づけを行ってきた。
故にわかってしまう。彼女は本当に僕のことを想ってくれていることを。
昨日のことを思い出しながら緑丘さんの姿を目で追ってしまう。
「「……っ!!」」
彼女も同じ気持ちだったのか何回も目が合ってしまう。
桃色っぽい雰囲気がなんだかくすぐったい。
でも付き合ってないんだよな。
その事実に項垂れていると、緑丘さんの方からこちらに近寄ってきて、モジモジと指を弄りながら照れくさそうに話しかけてきた。
「い、一緒に、帰りましょう」
「う、うん」
「手を繋いで帰りましょう」
「う、うん?」
付き合って……ないんだよなぁ。
差し出してくれた手をおずおずと握り、僕らは二人で学校を後にする。
昼休みの『祝福の10分間事件』が脳裏をよぎり、目を合わせられなかった。
「あの、ハンカチありがとうございます」
ああ。そういえば謎の理由で泣きだした緑丘さんの机にそっと自分のハンカチを置いてきたんだっけ。
ちゃんと僕のハンカチだって気づいてくれたんだ。嬉しい。
心の中が暖かみを感じていると、緑丘さんは不意に財布を取り出し、中から万札出してきた。
「これで足りますか?」
「なんのお金!?」
「お買い上げしたいと思いまして」
「ツッコミたいことが多すぎる!?」
「3万……いえ、5万までなら出します!」
「出さないでいいから! お金なんていらないから! ハンカチなんかそのまま持って帰っていいから!」
つい先ほどまで感じていた温かみが一瞬で霧散していった。
「む、無料ってことですか!? そんなことがあっていいと思っているんですか!?」
「何か駄目なことでもあるの!? お金出される方が困るよ! いいから本当にそのまま持っていって」
「あ、ありがとうございます。卒業式で振られた後もこのハンカチを抱きしめながら今日という素晴らしき日のことを思い出すことにします。60年後病気で寝たきりになった私はこのハンカチを握りながら思い返すのです。あの日が私の人生のピークであったと」
「墓にまで持っていく気か!?」
愛が重い。
ていうか自分が振られること前提で話をしないでほしい。
「ねぇ。この際聞いておきたいんだけど、僕のどの辺が好きになったの?」
「えへへ。それ聞いちゃいます? 気になっちゃいます?」
「気になっちゃいます」
「じゃあ語らせて頂きますね」
今まで『クラスメイト』ということ以外接点なんてなかった。
緑丘さんが僕に惚れるイベントなんて一切なかったはず。故にここまでお熱になる理由が全く分からなかった
「気になりだしたのは6月、マラソン大会の日です。みんな軽く流すように走っていたのに対して青戸君は一生懸命取り組んでいましたよね」
「うん」
「惚れたのはそれがキッカケです」
「好きになった理由薄くない!?」
そのペラッペラな理由でここまで愛が重くなるモノなの!?
「私、一生懸命な人が好きなんです。マラソンだけじゃないです。青戸くんはテストでもボランティア活動でも委員会でもいつも全力で取り組んでいましたよね?」
確かに物事に手を抜くのは性分じゃない。
やるからには常に全力、というのは僕の座右の銘でもある。
「そういう姿本当に素敵だと思います。なんでもスマートに出来ちゃう人より頑張っている姿を見せてくれる人の方が素敵です。私がベタ惚れする理由としては十分すぎるほどでした」
「全力の姿を評価してくれるのは嬉しいけど、こんな極端に惚れたりする?」
「青戸君はもっと自分に自信を持ってください。私にとっては世界一素敵な男の子ですよ」
正面から言われ、赤面する。
もう駄目だ。そんなことまで言われてしまっては僕の気持ちも抑えられなくなってしまう。
決めた。
もう一度告白しよう。
緑丘さんとずっと一緒に居たい。60年後に傍にあるのは僕のハンカチじゃなく、僕自身でありたい。
「緑丘さん!」
「うひゃい!? な、なんです!? もうハンカチは返しませんからね!」
大事そうにハンカチを抱える緑丘さんをスルーして、僕はありったけな想いを叫ぶように伝えることにした。
「僕から言わせてください。貴方のことが本当に大好きです! 付き合ってください!」
「……青戸くん。私に気を遣う為に告白紛いなことなんてやめてください。私が貴方に惚れる理由はあっても、貴方には私に惚れる理由なんてないでのでしょう?」
なんど告白しても跳ね返されてしまう。
気を遣う為とかこの子はこの期に及んでまだそんなことを言っているのか。
ならば語ってやる。僕がどれほど緑丘さんを好きなのか。
「常に皆に優しい貴方が好きです。勉強をいつも頑張っていつも成績上位な貴方を尊敬しています。困っている人が居たら必ず一番に助け舟を出そうとする貴方に惚れています」
「好きになる理由薄いですね」
「キミに言われたくない!?」
「事実です。貴方の言ってくれたことは全部客観的に見た私じゃないですか。本当の私がどんな子なのか知りもしないくせに。どうせ今は恋色暴走列車女とか思っているのでしょう?」
「好きになる理由が客観的だったのはそちらもでしたよねぇ!?」
「うぐっ! で、でも、私は貴方の優しさを知ってます。そう! このハンカチだって青戸くんの優しさです。私は直接貴方の優しさを受け取った。でも貴方は私から何ももらっていない。はい私の勝ちです」
「なんの勝負だ!? ハンカチ程度でイニシアティブをとったみたいな態度取らないで!?」
「とにかく! 気休めで告白なんてして頂かなくて結構ですから! 私は自らの手で貴方の彼女の座をつかみ取る! 卒業式の日までに心の底から私のことを認めさせてやるんですからね! 覚悟してください!」
もう駄目だ。こちらからの告白は一切本気と受けとってくれない。
彼女の言う通り、卒業式の日を待たなければいけなさそうだった。
「わかった。わかったよ。もう僕からは告白はしないから。卒業式の日のキミの告白を楽しみにしているよ」
「むぅ。余裕の表情だ。ええ、わかっていましたとも。振ることが決定事項なんですね。いいですね。やることが決まっている人は。でも負けません! 必ず貴方の心を変えてみせますから! ええ! 今日の所はこの辺で勘弁してあげますけど、この先貴方の休日は全て無いものと思ってください。学校休み=私とデートです! いいですね!」
「わ、わかったよ。とてもありがたい申し出です」
「か、簡単にOKされるとは思いませんでした。何が目的ですか!? お金なら5万円までしか出せませんからね!?」
1円もいらんて。
この子デートでも全額お金出してきそうで怖い。そんなこと絶対にさせない。ていうか全額こっちが出してやる。
この日から緑丘さんと一緒にいる時間は急激に多くなった。
そして思っていた通り、デート費用を全額負担しようとしてきたので断固拒否させてもらった。