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⑨マルミュットが婚約者を(たぶん)好きな理由

「まあ今日は仕事も休みだし? お前探してたんだから、一緒に行けるところがあるならそれはそれで面白そうだけどさ」

「じゃあ行きましょう。まあ要するに、私の義兄が浮気して子供作ったんですが姉が引き取って楽しくやってるのが謎すぎたので真意を尋ねたら姉に自分で探ってみろと言われまして」

「……お前の姉さんも相当だな」

「ですよねー」

「いや、二つの意味で俺は相当だ、と言ってるんだ。一つはまずこんな話を往来でする様な妹に勝手に探ってこいという度胸。もう一つはまあこっちが普通は一番と思うんだろうが、浮気相手が産んだ子供を楽しく育てられる神経。お前も後者に対して疑問に思ったんだろう?」

「ええそうです。一般的には後者の方が問題ですよね。でも正直私は前者の方が実は怖いと思っています」

「まあな。お前の姉さん、要するにそういうことを外で聞かれても何も自分は怖くないですよってことだからな」

「姉にはそういうところがあるんです。昔から。だから絶対姉には根っこのところでは逆らいません。そもそもあのひと、第一に居たとしても確実に上位に居ましたよ……」

「興味が無かったんだろな、そういうことに」

「ええきっと。と言うか、最近はそうではなく、もっと別の理由もあるとは思っているんですが……」

 ぼそぼそと呟きつつ話しているうちに、目的の停車場へと着いた。

 二人は歩きながらもひたすら話し続ける。

 傍から見たら若い男女がただひたすら前を向きつつ、ぶつぶつと低い声で話し続けているのだから非常に不気味なことだろう。

 だがそこがいい。

 まあお父様もその意味でこのひとしか居ないだろう、と言っているのだろうが。

 私は正直このひとの外見をいちいち覚えていなかった。

 手紙ばかりの応酬で、長期休みの時だけ会うとしても、常に「あれ、どんな姿形だったっけ?」と思うくらいそれはどうでもいいことだった。

 だが約束の場所に着いて声を掛けられると、ああこのひとだ、と思い出すのだ。

 そのくらい彼という人間は声や口調で一番他人と区別しているのだと。

 そして話し出せば、大概のことに説明が要らない。

 この楽しさよ!

 級友達は「何故?」と散々眉をしかめてきたのだが、そもそも彼女達と話している時の物足りなさが満足できる、なんて答えられる訳がない。

 それが延々続いているのだ。

 私はぼそぼそと低い声で、ここしばらく自分が聞いてきたことと体験したことをできるだけ抜けが無い様に彼に説明した。

「で、産科か。って俺と一緒に行くと何か疑われないか?」

「だからこういう時のためにもちゃんと紹介状がですね。それに郊外とまでと言わずとも、女の一人歩きは危険とか何とか言えば」

「一人で北東に行ってきた奴が何言ってるんだ」

 尤もである。

 説明があらかた済んだ頃、目的の産科の医院に着いた。

 官立の研究所勤務の彼が休みである様に、一般的な医院も今日は休みだった。

 こちらにしても、あらかじめ電報を打ち合い連絡はつけてあったので、訪ねても大丈夫なはずだった。

「おや、一人だと思っていたけど」

 家の方の呼び鈴を鳴らすと、ひょろっと背の高いぼさぼさの髪の男性が出てきた。

「エザク・コザータ先生ですね、私マルミュット・オースタと申します。突然無理なお願いをして申し訳ございません。こちらに姉からの紹介状が」

 コザータ先生は手紙の中を一瞥すると、私達に入って入って、と促した。

「いやあ、一人暮らしだから、何か雑然としているが勘弁してくれ。今日はメイドにも休み取らせているんでね、えーと、お茶は……」

 結局三十分ほど、三人で厨房で格闘した。

 そして何とか話を聞くという体勢に入ると、まず先生は先輩が誰か問いかけた。

「あ、このひとは私の先輩で婚約者です。そのうち身内になりますので」

「その予定ですのでよろしくお願いします」

 すると先生は、あははははと大きく声を立てて笑った。

「いやもう全く、君達姉妹は唐突にすっとんきょうなことをするという点では似ているねえ」

 似ている? さすがにそれは初めて言われて気がするのだが。

「正直俺もそんな気がしますよ」

 先輩までそう言ったのには参った。

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