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⑫カイエの妊娠に至る経緯

 ああそりゃそうなるわ。

 私は半ば呆れて聞いていた。

 その辺りの詳細は後でお姉様本人に聞いてみよう。

「私はさすがにトリールに分かってしまったなら、もうお別れしたい、ってあの方にお願いしたの」

「すんなりいったんですか?」

 彼女は首を横に振った。

「別れたくない、って懇願してきたわ。でも私もそこは譲れなかったの。そしてまた北の地に帰るってあの方には言ったのよ。私そのつもりだったわ。こんなことしてしまったんだから、帝都に居るわけにはいかない、トリールの視界に入るのは心苦しいし、私自身の心もここに居たら掻き乱されるだけだし」

 お義兄様……

 そこでそういうんですか。

「自分を愛していないのか、というあの方に、私は否定したわ。嘘をついたところで見破られてしまうのは目に見えていたし。そもそも私そういうことで嘘をつくのが凄く下手なの」

 だろうな、と私は思った。

 今現在話している彼女の言葉は、普段私の周囲に居る連中の単純な率直さとは違い、複雑すぎて嘘をついたら混乱してしまう、という類いのものだろう。

 嘘は一つつくと、それを繕うために更に嘘を重ねなくてはならないことが往々にしてある。

 恐ろしく頭の回る人は、その辻褄を絶対に合わせてしまうこともできるが…… このひとには無理だろう、と私は踏んでいた。

 そこまでするにはこのひとは人が善すぎるのだ。

「じゃあ、お姉様に申し訳ないから別れようって提案したんですね」

「ええ。いくら好きでも、トリールの旦那様ですもの…… 無論、そもそも関係を持ってしまった私が一番悪いんだけど……」

 いや、そこはお義兄様だと思う。

 そりゃこのひとも悪い。

 と言うか、流され過ぎなんだと思う。

 ただ確かに前の夫を選んだ理由といい、その結婚自体が今ひとつ幸せとは言いがたいものだったからつい、ということもあったのかもしれない。

 ただそういうひとにときめくお義兄様ときたら!

「そこは貴女だけの原因ではないのでは?」

「それは…… トリールにもそう言われたわ」

「じゃあその後、またお姉様に会ったんんですね?」

「一旦は私、逃げたの」

「逃げた。北へ戻ったのではなく?」

「そこで気付いてしまったの、私あの方の子供を身籠もってしまったって…… そうなると、さすがに北の地に、お義父様のところに戻ることができる訳がないわ。生活費送っていただいている身で、何てことしてしまったんだと思ったけど…… 忘れていたんだわ、私、自分が妊娠しやすい身体だって」

 ああそういうことも最初から彼女は言っていた!

「妊娠しないように関係を持つことはできなかったんですか?」

 私もそこはさすがに呆れた。

「考えるべきだった、と後で凄く思ったのよ。だけどその、あの方と逢っている時には、そんなこと頭から飛んでいたし…… あの方に任せておけば大丈夫だと思っていたんだけど」

 うわあ。

 お義兄様何を考えてるんだか!

 まさかお姉様との間に子供ができないから、このひととも、と考えていたとか?

 自分が種無しだと思っていたとか?

 いやいやいや、それでも考えるべきでしょう!

 私の中でお義兄様への信用が一気に地の底まで下がりきった。

「だから、帝都内で少し郊外の部屋に移り住んだの。誰にも言わずに。割と近くに子守の通っている私塾のあるあたりに」

 子守の娘のことを考えてやる、そういうところはこのひとの優しさなのだろうけど……

「ただその子守が、トリールに見つかってしまったの」

 そりゃそうだ。

 親友がいなくなった。

 しかもそれが夫との関係に悩んでのこと。

 北の地に居ない。

 だったら?

 そこで理詰めで考えれば、遠くには行っていない、彼女の性格を考えれば、と言う辺りで私塾の近くを探したのではないだろうか。

「近くの公園で子守と娘が遊んでいるところにトリールはやってきて、一緒に戻ってきたわ」

「そりゃ、もう逃げられませんね」

「それでも逃げようとしたのだけど。でも駄目ね、狭い部屋の中のカーテンの中に隠れてしまっていた私を見つけたトリールは、可哀想に、と抱きしめてくれたわ」

 お姉様…… 何を考えているんだか。

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