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⑪進んで行く短い間の関係

「……その時は引き寄せられて口づけされただけだわ」

 声を低めてカイエ様はそうつぶやいた。

 嗚呼お義兄様!

 すぐさまそういうことになってしまうとは!

「案外お義兄様、手が早かったんですね」

「あの方を悪くおっしゃらないで」

「うーん」

 私は腕を組んで考える。

 いや、惚れたはれたまではいい。

 心がそう思っているだけなら、まあ別にいいのだ。

 だがそれを行動に移すというのは――私の感覚としては駄目だ。

 特に、このたおやかなひとにそんなことをしたら、そのままずるずると――

「カイエ様、その時は、ということはその後、何度もお義兄様とお会いしたのでしょう? それも……」

「ああマルミュットさん、貴女の口からそういうことは言ってはならないわ、まだ学校に行っている方が……」

「いえ…… 学校ではもっと露骨な話もしますが……」

 そんな私のつぶやきに、彼女は微妙に呆れた顔になる。

 女子専門学校はそれなりに面積も広くて、しかも様々な科に分かれている。

 男子のそれと違ってそもそも人数が少ないことから、様々な科の授業が少人数で行われるという理想的な場所だ。

 そして時には科を越えてその授業に参加することができる。

 それがたとえ医科であっても、だ。

「いえ、お姉様が結婚してもう結構経つのになかなか……、というところから医科の方の教授にお話をうかがいに行ったりしていたので」

「ああそういうことね……」

 彼女は露骨にほっとした顔になった。

「その意味で言うならば、私ははしたないまでに簡単に子供ができてしまう身体なのよ。トリールはずっと欲しがっていたというのに、何で私は、といつも……」

「ということは、そんなにお義兄様とはそういう意味でお会いしていない?」

「そうね……」

「縁談の話があったのが夏過ぎ。それからそのお断りが正式にあったのが秋。その後……」

「ああマルミュットさん、指折り数えないで。トリールから私が姿を一度消したことは聞いていないかしら?」

「まるで」

「そうなの…… 秋になって日暮れが近くなる時期、オネスト様に数回、夕食を誘われたわ」

 なるほど、夕食と行為が同時にできる様な場所に行ったということか。

 秋頃と言えば、私はお姉様から、仕事が忙しくて帰りが遅くなりそうなので食事して泊まっていって、という頼みをちょいちょい受けたことがある。

 お姉様は仕事に関しては特に疑問を抱いていない様に――私には見えた。

「何でも今そういう時期なんですって」

 私は自宅よりそちらの家の方が学校に近いので、これ幸いとお姉様から食事を作ってもらって、思いっきりお喋りをして、楽しくお義兄様の帰りを待っていたはずだ。

「そちらのお部屋の方は大丈夫だったんですか?」

「子守がちゃんと寝かしつけていてくれたから。あの子は真面目で、よく働いてくれているわ。私が戻るまで私塾のノートを開いて復習していたし」

「子守は私塾に?」

「ええ、行きたいというから、普段は私が仕事から戻った後に二、三時間。でもその時は休まざるを得なかった…… 可哀想なことをしたわ」

「で、その後姿をくらました?」

「いいえその前に、どうも私とあの方の姿を見たひとがいらして」 

「……もしかして、うちの伯父ですか」

「たぶんそうね。あとで珍しく悪態ついてらしたから。そう、会っていた場所の近くで、知った顔だと思ったのでしょう。オネスト様は私を抱き込んで顔を隠して下さったわ。でもその仕草で、向こうの方、オネスト様に結構下卑た言葉をかけたのね。遊びもいいが……に気をつけろよ、とか」

 ぼかした辺りはまあ想像がつく。

 伯父、と言ったがまあ父の姉の夫にあたる人だ。

 お姉様はこの夫妻を適当にかわしつつ、基本的には嫌っている。

 大概の人に対しては好きかそうでない程度の感情の見せ方をしないお姉様にしては珍しいことだが。

「嫌な人に見つかってしまいましたね」

「ええ、そしてトリールにその話がとうとう回ってしまったの」

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