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おまけ(2)『カフェインの魔法』

……それから数日後の夜。


もう寝る時間だというのに、アヤメが寝室に戻らない。

オランもリョウも、すでにベッドの上でアヤメの『お休み』を待ち構えている。

やがて寝室の扉が開いて、ようやくアヤメが戻ってきた。

すでに寝間着のアヤメは、何事もなかったようにベッドに上がった。


「お休みなさい、リョウくん」

「おやすみなさーい」


いつものようにアヤメは、まずリョウを寝かしつける。

リョウは気を遣ってか空気を読んでか、アヤメとオランから少し離れてベッドの端で眠る。

3人が寝れる程の大きなベッドだからこそ出来るのだ。

リョウが眠ったのを確認すると、アヤメは反対側を向く。


「お休みなさい、オラン」

「それだけか?」

「好き…」

「どのくらいだ?」

「……大好き」


いつものじゃれ合いをしながら、良き所で自然と唇も触れ合う。

今夜も『寝る前のキス』という習慣は、難なく行われた。


……だが、オランは気になる事があった。


「さっき、どこに行ってた?」


オランが問いかけたのは、寝る前にアヤメが一人でどこかに行ってしまった事だ。

アヤメは特に顔色を変えずに答える。


「食堂に行って、ディアさんにミルクの魔法で…」

「……あぁ??」


オランの顏が険しくなった。

どこかで聞いたフレーズに、嫌な予感しかしない。


「コーヒーをカフェオレにしてもらって…」


「オォイ!!寝る前にコーヒーを飲むなって言ったよなぁ!?」


アヤメが言い終わる前に、オランはツッコミとも言える叫び声を上げた。

…リョウが寝ているので、かなり声量は抑えているが。

だが、アヤメは意外と落ち着いている。


「飲んだワケだな?コーヒーを」

「うん」

「仕方ねぇ…今夜も一発やらねぇと……」

「え?一発って何?」


オランの言う『一発』とは、アヤメを眠らせる為の『命令』の事だ。

……できれば、最終手段の『命令』は使いたくない。

何となく反則技のチート能力のようで、カフェインに勝った気がしないからだ。

目指すは、カフェインへの完全勝利だ。

意気込むオランとは逆に、アヤメは静かに微笑んでいる。


「カフェインの魔法なら大丈夫。今日は眠れるよ」

「……なんだよ、その自信は」

「今日は飲んでも眠れるって、ディアさんが言ってたの」

「……あぁ?なんだそりゃ」


大丈夫な訳がない。今日もカフェインで眠れなくなるのがオチだ。

ディアの、その根拠のない自信は何なのか。

そしてアヤメも、ディアを信用しすぎている。

ディアの奴…テメエこそ後で調教してやる…と、オランは心に決めた。



……今夜は、長い夜になりそうだ。

再び、オランの最大の敵『カフェイン』との戦いが始まるのだ。



部屋の明かりを消し、僅かに手元が見える程度の常夜灯のみになる。

いつものようにベッドに横になると、オランはアヤメを抱きしめてやる。

いつもなら、これだけでアヤメは眠ってしまう。

さて、ここから、どうやってアヤメを寝かしつけるか……

オランが色々な策を考えていると、胸元から安らかな呼吸が聞こえてきた。

まさかと思ってアヤメの顏を見ると、寝息を立てて熟睡していた。

一瞬、何が起こったのか思考が追い付かなかった。

こうも簡単にアヤメが眠るとは、拍子抜けではあるが……

オランはすぐに、それを前向きに捉えた。


「……やったぜ」


嬉しさから思わず漏れた一言。勝利宣言だ。

日々の愛情という名の『調教』が、カフェインに勝ったのだ。

……そうとしか思えない。

その喜びから高揚して自身の眠気は飛んでしまった。

それでもオランはアヤメの寝顔を見ながら、幸せな夜を過ごした。







次の日の朝、執務室でオランはディアに昨夜の出来事を話した。

アヤメにコーヒーを飲ませたディアを責める事もなく、オランは上機嫌だ。


「今度は一発やらずに眠らせたぜ。オレ様の完全勝利だ」

「それは……お見事です」


ディアは何か思う所でもあるのか、賞賛しつつも無表情で返した。


「魔王サマ。本当にカフェインに勝ったとお思いですか?」

「そうだろ?てめえがアヤメにコーヒーを飲ませたんだろうが」

「はい。確かにコーヒーをお作り致しました」

「ホレ見ろ。思い知ったか」


ひと呼吸置いてから、ディアは口を開いた。


「魔王サマ。最近、健康志向の悪魔の間で、流行っている飲み物があるのです」

「あぁ?なんだよ」


ディアは、種明かしのように続けた。


「カフェインレス・コーヒーです」


それは、カフェインが入っていないコーヒーの事だ。

本来のコーヒーよりも風味は落ちるが、アヤメが味の変化に気付く程でもない。

夜に飲むと眠れなくなる『カフェインの魔法』ではない。

夜に飲んでも眠れる『カフェインレスの魔法』だったのだ。



オランは、カフェインに勝った訳ではなかった。

カフェインと戦ってすらいなかったのだ。



『調教』と『カフェイン』の、果てしない戦いは続いていく……。

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