目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第25話『向かうべき世界』

それから、400年近くの月日が経過した。

オランの見た目は変わらない。

そして朝、仕事の前に居間で優雅にくつろぐ、その姿も変わらない。

豪華な椅子に腰かけて、目覚めのコーヒーを口にしていると……


バァン!!


居間の扉が、勢いよく開いた。

乱暴に扉を開けて部屋に入って来たのは……


「兄ちゃん、オレ、人間界に行きたい〜!!」


褐色肌に、赤の瞳。紫と銀を足した髪の色。

オランをそのまま子供にしたような、見た目5〜6歳くらいの男の子。

純粋なその愛らしい瞳には、アヤメの面影がある。

オランの息子であり、魔界の王子。コランである。


「あぁ?何言ってんだよ」

「人間と契約して、オレも兄ちゃんみたいな一人前の悪魔になるんだ!」

「ガキにはまだ早え」

「オレ、ガキじゃない〜〜!!」


コランが、父親であるオランを『兄ちゃん』と呼ぶ理由。

オランは、コランを息子ではなく『弟』として育てた。

両親はコランが赤ん坊の頃に死んだと、そう聞かせて育てた。

コランはオランを兄だと思っており、父親だという真実は知らない。


人間の血も受け継ぐコランは、純血の悪魔のような魔力は持たない。

魔法も上手くは使えない。それは成長するにつれて、引け目を感じる事になる。

そんなコランが将来、魔王として王位を継ぐのは酷な事だろう。

いずれ王位を継ぐという重荷を心に背負わせない為に、息子ではなく『弟』としたのだ。

そうする事で、オランは息子が背負う『過酷な運命』を回避させた。


当然ながらディアも、王宮の者達も、その真実は知っている。

だが、オランがアヤメに『魂の輪廻』の儀式を行ったという真実を知る者は、ディアしかいない。


いずれ、全ての真実をコランに話すつもりだ。

いつか、転生したアヤメと再会を果たした、その時に。


コランが全開にした扉の外から、ディアが入ってきた。

ディアの見た目も昔から変わらず、19歳ほどの青年の姿。

ディアの姿を見た途端に、コランは駆け寄って腰に抱きつく。


「ディア〜!人間界に行きたいよ〜!人間と契約する!」


コランは、上目遣いで甘えながらディアに訴える。

甘え上手な所も、アヤメにそっくりだ。

ディアは、にっこりと笑顔でコランを見下ろす。

相変わらず、ディアが屈託のない笑顔を向けるのは、コランに対してだけだ。


「王子サマ。今は魔界でお勉強しましょうね」

「え〜〜」

「さぁ、ご一緒に図書館に行きましょう」

「う〜〜分かったぁ〜……」


ディアが差し出した手にコランが手を重ね、二人は手を繋いで居間を出て行った。


居間で一人となったオランは、椅子に深くもたれて、物思いにふけった。

コランが、あんなにも人間界に行きたがるようになったのは何故か。

もしかしたら、何かに引き寄せられているのかもしれない。

人間界の、何かに……

ふと、オランはアヤメの事を思い出した。


(アヤメが転生していれば、今は16歳か……)


『魂の輪廻』の儀式により、アヤメは365年後に転生しているはず。

アヤメの死から、すでに400年近く経っている。

オランは何度も人間界に足を運んだが、未だにアヤメの転生体を見付けられずにいる。

悪魔は、人間界では生命力を消費する為に、長くは活動できないのだ。

人間と『契約』すれば生命力を維持できるが、オランはアヤメと契約している。

アヤメとの契約は有効であり、アヤメ以外の人間と契約する気はない。

……悪魔との契約は、『口付け』によって成立するのだから。





オランは、人間界で活動する時は高校教師となり、数々の高校を巡った。

現在は高校生となっているはずの、アヤメの転生体を探す為だ。

転生体が、生涯17歳であったアヤメの年齢に達する前に、何としてでも見付けたい。

再び『指輪』の魔力によって、生涯17歳の姿に留めたい。

オランはアヤメを『永遠の17歳』として側に置くつもりなのだ。

その年齢が近付くにつれて日々、オランの焦りが募る。

いや、それは逆で、アヤメがオランを引き寄せていた。

アヤメの魂がオランを求めて、『早く私を見付けて』と、呼び寄せていたのだ。





そんな日々の中、その事件は起こった。

それは、ディアからの一報で始まった。


「魔王サマ!!王子サマが、人間界に行ってしまわれました…!!」

「なんだと!?……ったく、あのガキ…!!」


コランが、勝手に人間界に行ってしまったのだ。


コランの世話役も兼ねているディアも、さすがに困り顔であった。


「どうやら、王子サマを召喚した人間がいるようです」

「チッ!人間の方が呼び寄せたのかよ…!」


オランは、ディアを人間界に向かわせた。

コランの居場所は掴める。連れ戻すだけなら、ディアで充分だ。

ディアの外見は人間と変わらないので、難なく人間界に溶け込む事ができる。


そうして、ディアは人間界へと向かった。

……だが、ディアは一人で魔界に帰ってきた。


「王子サマは、人間の少女と『契約』を交わしていました」

「…ったく、面倒な…アイツに契約なんてまだ早えだろうが」


悪魔は人間と契約している間は、魔界に帰る事が出来ない。

そういう決まりであり、掟みたいなものだ。

それを破っていいのは、魔王オランくらいである。

実際、オランはアヤメと契約を交わしていても、魔界と人間界を行き来していた。


「オレ様が行く。その少女ってのも気になるしな」


今度はオランが、コランを連れ戻す為に人間界へと向かう事を告げた。

ディアの情報によると、コランの契約者となった少女は、16歳の高校生だという。


「その少女の名前は『亜矢あや』サマだそうです」

「あ…や……?」


その名前、その響き。一瞬にして、それはアヤメを連想させる名であった。

そして、年齢も一致する。

16歳の亜矢という少女は、もしかしたら……

いや、まだ分からない。この目で全てを確かめるまでは……。


ちょうどいい。その少女が通う高校の教師として、様子を見に行くか……


何かを期待して楽しむかのような笑みを浮かべて、オランは椅子から立ち上がった。







その一方で、もう1つの運命が動き出していた。

死神グリアである。

アヤメと出会った時は、見た目は10歳ほどの少年であった。

あれから400年以上経った今、グリアの見た目は、人間で言う高校生くらい。


グリアもまた、人間界でアヤメの『生まれ変わり』を探していた。

『来世ではアヤメを守ってやる』という、400年以上も前の約束を果たす為に。

アヤメの生命力を吸収した事があるグリアだが、それは遥か昔の事。

その僅かに残った記憶の欠片を辿って、あの時と同じ生命力を持つ人間を探す。


……そして、見付けたのだ。亜矢という少女を。

……いや、彼女がアヤメの転生体だという確信はない。


だが、そうだと思うしかない程に、一目でその少女に惹かれた。

だが、そこには過酷な運命が待ち構えていた。

死神は人間の魂が見える。

そして、もうすぐ死ぬ人間の魂を判別する事ができる。


亜矢を見付けた時、その魂を見たグリアに衝撃が走った。

亜矢の魂の色は、アヤメと同じ純白。


……そして亜矢は、もうすぐ事故死する運命だったのだ。







愛する少女と再び、巡り会うために。

遠い過去からの約束を、果たすために。

向かうべき世界、向かうべき未来へと。

過去から未来へと、少女の命を繋ぎ、永遠に輪廻させるために。


魔王オランと死神グリアは、同時に動き出す。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?