その日オランは、閉ざされた部屋の扉の前にいた。
部屋の中に入る訳でもなく、扉の前を行ったり来たりして歩き回っている。
部屋の横に設置された椅子に、ディアが座っている。
「魔王サマ、落ち着いて下さい」
オランは立ち止まると、本来の眼力を宿さない瞳でディアを睨んだ…つもりだ。
「これが落ち着いていられるか!」
しばらくすると、部屋の中から産声が聞こえてきた。
同時にオランは、自分と同じ魔力を持つ生命の存在を感じ取る事ができた。
魔王の血を受け継ぐ『命』が、この世に生まれた事を確信した。
「王妃様、おめでとうこざいます。元気な男の子です。王子様ですよ」
「う……はぁ…はぁ…、お、う…じ……」
アヤメは誕生したばかりの我が子の姿を、懸命にその瞳に映す。
涙を流して視界は滲んでいたが、しっかりとその姿を目に焼き付ける。
褐色の肌に、紫の髪。背中には小さな黒い羽根があるという。
そう、その姿は、まさしく……
「ふ、ふ……オラン、そっくり……」
幸せそうに微笑んだアヤメの頬をもう一筋、新しい涙が伝う。
出産から数時間後。
オランはアヤメと対面して、ようやく言葉を交わす。
アヤメのベッドの横に寄り添うようにしてベビーベッドが置かれている。
オランは産まれたばかりの息子を見て一瞬、言葉が出なかった。
まるで生き写しのように、自分にそっくりな姿なのである。
複雑な思いで固まるオランの様子を見て、アヤメは笑ってしまう。
「オランにそっくりでしょ?オランをそのまま赤ちゃんにしたみたい」
「……まぁ、魔界一のオレ様の血を継いでるからな」
よく分からない褒め言葉を返した後、オランはアヤメの顏を覗き込んだ。
アヤメは疲労してはいるが、清々しく微笑んでいた。
「アヤメ、よく頑張ったな」
「うん。…あのね、この子の名前、思い付いたんだけど…言ってもいい?」
「あぁ。言ってみろ」
「オランの子供だから、『コラン』」
「……アヤメの子供でもあるだろ」
アヤメの要素が全く入ってないとツッコミを入れたくなったオランであった。
コランの『コ』は、子供の『コ』。
その発想で言うと、オランの『オ』は『大人、親、お父さん』の『オ』なのだろう。
意味はともかく、すでにアヤメは『コラン』という名前が気に入っているようだ。
「可愛い名前でしょ?ねぇ、コラン…ふふっ……」
こうして、オランとアヤメの息子は『コラン』と名付けられた。
翌日になると、リョウとディアもアヤメと対面した。
リョウはキラキラした瞳でベビーベッドを覗いている。
「わぁ、小さいね〜!コランくん、ボクはリョウだよ。お兄ちゃんだよ〜」
「オイ、勝手に兄弟を名乗るな」
リョウに大人気ないツッコミを入れるオランだが、いつもより調子が緩めだ。
そんな二人の向かい側でコランを見ているディアは、さっきから無言だ。
そのディアの表情は、いつものクールな彼らしくなく、惚けているような…
まるで時が止まったような世界で、瞬きも忘れて見入っているのだ。
……産まれたばかりの、0歳児に。
ベッドで横になっているアヤメが、不思議に思って声をかけた。
「ディアさん、どうしたの?」
その声に反応して、ディアはようやく口を開いた。
「なんと可愛らしい…初めまして、王子サマ……」
そう呟いたディアは、まるで一目惚れでもしたような口振りだ。
ディアの異常に気付いたオランとリョウ、そしてアヤメ……
みんな黙り込んでディアを見守る。
この時はまだ、誰一人気付いていなかったのだ。
ディアの、異常なまでの『コラン愛』の始まりに———。
新しい命の誕生。それは、新しい家族の誕生。
人間の少女、悪魔の大人、天使の子供、魔獣の青年。
そして……
悪魔の赤子『コラン』が家族に加わった。