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第14話『漆黒のウェディング』

オランはアヤメを抱いたまま、堂々とパーティー会場の真ん中を歩いていく。

その姿に、何事かと会場内は騒然となる。


……なぜ、魔王様が少女を抱いているのか?

……あの異種族の少女は一体、誰なのか?


特にオランに好意を寄せる女性達の妬みが含まれた言葉は、耳に入れば気持ちの良いものではない。

驚きと、疑問と、妬み…決して歓迎はされていない空気の中を無言で突き進む。

周囲の声など、まるで耳に入っていないかのようにオランは歩き続けた。


やがて、会場の最奥に位置する壇上に上がる。そこは、パーティーの主役が立つ場所だ。

オランとアヤメの姿はまさに、舞台に上がった王様とお姫様。

そこは会場内の誰もが注目する場所であり、逆にそこからの眺めは会場を全て見渡せる。

オランは、あえてそれを狙って、この場所に立ったのだ。



「皆の衆ーー!!よぉーーく聞きやがれ!!」



会場内に響き渡る、オランの声。

マイクも魔法も使わずに全ての人の耳に届かせる声量は、さすが『自称』魔界一の悪魔だ。

その声に、接客と案内役を勤めていたディアも驚いて壇上を見上げる。

そしてオランに抱かれているアヤメも、その声に驚いて一瞬にして酔いが醒めた。


「愛するこの女、アヤメをオレ様の妃にする!これをもって婚約披露とする、いいな!?」


これまで浮いた話のなかった魔王の突然の発表に、今度は会場内が静まり返る。

誰もが、この状況を理解していない。

魔王の生誕パーティーのはずが、魔王の婚約披露パーティーに変わってしまった。

アヤメは困惑と驚きと恥ずかしさで、オランの顏を見上げて口をパクパクさせている。


(オラン……?え、ど、どうしよう……恥ずか…しい……)


大勢の人の前でのカミングアウト。

しかも時が止まったような静寂の中で、アヤメはどうする事もできない。

すると、人々の間から抜け出るように、ヒョコッと小さな天使が前に出た。


「コンヤクってなーにーー!?」


リョウはいつもの明るい調子で、純粋な疑問をオランに投げかける。

幼いリョウの高く透き通った声は、しんとした会場の壇上のオランに余裕で届いた。

オランは、ニヤリと笑ってリョウに返す。


「結婚するんだよ!魔界一のオレ様が決めたんだ、文句は言わせねぇ!」


それはリョウではなく、会場内の全ての者に言い聞かせているような口ぶりだ。

オランとリョウは、事前に口裏を合わせていたのか?と思うほどの連携を見せる。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん、いつケッコンするの〜!?」

「あぁ!?なんなら、今だ!!今から夫婦だ!!」


二人だけの会話で、トントン拍子に話が進む。

ついには、このパーティーは結婚披露宴になってしまった。

花嫁のアヤメは、その展開スピードに追い付けずに、ただオランの腕の中で狼狽えていた。

今から夫婦だなんて言われても、心の準備も何もできていない。

嬉しさよりも、驚きと戸惑いの方が勝ってしまっている。


「え、え、ちょっ…?オラン、待っ…」

「待てねえな。愛してるぜ、アヤメ」

「え?え…わ、私も……んっ?」


問答無用で、オランは自らの唇を重ねてアヤメの口を塞いだ。

大衆の面前で『誓いのキス』を交わしたのだ。

……今も、『姫だっこ』の状態で。


ようやく唇を解放されたアヤメだが、余韻に浸る余裕もない。

オランはアヤメの耳元で、そっと囁く。


「アヤメも言ってやれ。これは誓いの言葉だ」

「そんな…恥ずかしい…」

「これだけは『命令』だと言わせるな」


オランのその言葉に強い決意を感じたアヤメは、自らも意を決した。

大きく息を吸い込んで、眼下の人々に向かって力一杯叫んだ。



「私は、オランを愛してる!!だから、結婚しまーーすぅーーー!!!」



アヤメが息を切らし、人々の反応を恐る恐る見た。

一番最初に反応したのは、やはりリョウだった。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おめでとう〜〜!!」


リョウの明るい声が会場に響いた、その瞬間。

緊張から解き放たれたように、人々から一斉に拍手が沸き起こった。

魔王が、何も恐れずに叫んだ愛。

少女が、勇気を振り絞って叫んだ愛。

あんなに堂々と見せつけられては、意義を唱える者など誰一人いない。

オランとアヤメとリョウは、見事に人々を引き込む場の空気を作り上げたのだ。


「もちろん歓迎してくれるよなぁ!?オレ様の誇り高き魔界の民共よ!!」


その、オランの堂々たる掛け声が決め手となった。

人々の声が、疑問から歓迎の声に変わっていた。


「魔王様!!おめでとうございます!!」

「魔王様、王妃様、万歳!!」


そんな拍手喝采の中に立つディアは、何が起こったのかと唖然としている。

だが、すぐに自身も拍手喝采に加わる。

自由気侭で突拍子もない主人に頬を緩ませ、軽く溜め息をついた。


(これから、忙しくなりますね……)





アヤメは、ずっとオランに抱かれていて気付かなかった。

履いていた靴を片方、落としていた事に。

ワインに酔ってオランに抱き上げられた時に、脱げてしまったのだ。

オランは、このままずっとパーティーの終わりまでアヤメを抱き続けるつもりだ。







愛しいお姫サマを自分の腕の中で抱けるのは、12時までの一瞬の魔法。

だが12時を過ぎれば、それは永遠の魔法に変わる。


壊れやすいのに、決して壊したくない。

扱いが難しいのに、どうしても触れてみたくなる。



アヤメが落としたのは、片方だけのガラスの靴。


オランがその腕に抱いたのは、漆黒のシンデレラ。







(はぁ〜〜やっと、落ち着いたぁ……)


怒涛の結婚パーティーを終えた日の夜。

入浴を済ませたアヤメは、白の寝間着姿で寝室のベッドに倒れ込んだ。

時刻は深夜12時前。もうすぐ日付けが変わる時間だ。

リョウはパーティーが終わる頃には居眠りしてしまい、ディアが背負って別室に連れて行った。

それは今夜、オランとアヤメを二人きりにさせる配慮でもある。


少しして、オランが寝室に戻ってきた。黒の寝間着だ。

ベッドの上で仰向けに倒れているアヤメの横に腰を下ろした。


「オラン、今日は、その……お疲れさま……」


どこか歯切れの悪いアヤメの言葉。

しかも寝転がったままオランに顏を向けている。

疲れているとはいえ、アヤメにしては横着だ。


「別に疲れてねえよ」

「……でも、ずっと私を抱いて歩いてたし…」

「問題ねぇ、オレ様は魔界一の悪魔だぜ」

「…………」


何故か、会話が途切れる。

アヤメは緊張に似たような、全身を巡る不思議な感覚に戸惑っていた。


……私、結婚したんだ……。

……オランと夫婦になったんだ……。


オランとは毎日、一緒に起きて、一緒に寝て、キスをして…。

こんなにも近くに居るのに、夫婦になる事で何か変わるのだろうか?

アヤメには、まだ妻としての実感も自覚もなかった。


「アヤメ、今から大事な話をする」

「は、はいっ?」


突然にオランの声が真剣味を帯びたので、アヤメは慌てて起き上がる。

ベッドの上で丁寧に正座をすると、姿勢を正してオランの言葉を待つ。

全てを支配しそうな悪魔の赤い瞳が、真直ぐにアヤメの瞳を捉える。


「正式な婚礼は別に行う。だが、そんなモノは単なる儀式だ」

「……はい」

「今日から夫婦だ」

「……はい」

「オレ様が魔界のルールだ。誰にも文句は言わせねえ」

「はい。文句は……ありません」


アヤメの声が震えている。気付けば、その目に溢れんばかりの涙を溜めていた。

アヤメはベッドの上で正座をしたまま、膝の前で手をハの字に置いた。

そして、オランの正面から礼儀正しく深くお辞儀した。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願い致します」


その姿は、まさに日本の和の美しさを象徴する見事な振る舞いだった。

だが、オランは呆れたように笑っている。


「……ったく。最初の頃に言ったよな、敬語はやめろって」

「あっ、そっか……よろしくね、オラン」


言い直したら、今度は軽すぎて特別な空気が消え去ってしまった。

和やかな空気で笑い合っていると、ふとアヤメが気付いた。


「あっ…!オラン、その手…!?」


アヤメは思わず飛びつくようにして、オランの左手を両手で掴んだ。

オランは微笑しながら、アヤメの好きなようにさせる。

オランの左手の薬指には、金色の輪に赤い宝石の指輪。

アヤメが左手の薬指に嵌めている指輪と全く同じもの。


「これって…同じ指輪!?」

「あぁ、そうだ。結婚すると同じ指輪をするモンなんだぜ」

「そうなのね、お揃い…ふふっ……」


アヤメは自分の左手をオランの左手の横に置いて、並んだ指輪を嬉しそうに眺めた。

二つ揃った結婚指輪。

この日からアヤメの指輪は、『婚約』の証から『結婚』の証に変わった。

目に見える『結婚の証』は、アヤメに結婚の実感をもたらすには充分であった。


「私、本当にオランのお嫁さんになったのね」

「今さらかよ。アヤメ、結婚したら最初にする事があるんだぜ」

「え、なに?」


「結婚初夜ってヤツだ」


アヤメは一瞬、黙り込んで考えた。

表情を変えない所からして、その言葉の意味を知らないのは明白だ。

そして返したのは、いつも通りの言葉だった。


「なにそれ?」

「結婚してから初めて迎える夜の過ごし方だ」

「それって、何か特別なの?」

「あぁ。教えてやるよ」


何をするんだろうと思いながら、アヤメは寝る前の『習慣』を行う。


「お休みなさい、オラン」

「それだけか?」


「……お誕生日、おめでとう……」


12時を前に、ようやく言えたアヤメは、口付けと共に最高の微笑みをオランに贈った。


部屋の明かりを消すと、僅かな常夜灯のみが二人を照らす。

二人だけの夜、二人だけの世界で、夫婦となった二人は抱き合った。


いつもよりも深く長く熱い口付けに、ようやくアヤメは理解した。



「愛している、アヤメ」


「オラン……愛してる……」




初夜とは、こういう事だったのか……と。





夜の12時を過ぎた、その瞬間から。

二人の愛は、永遠の魔法に変わった。







魔王の生誕パーティーが開かれる日。

それは魔王の誕生日であり、結婚記念日でもある。

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