景山修一。
一流大学の優等生で政治家の息子。
容姿端麗で性格もいいと評判の、まさにイケメン。
……そして柚希の元カレだ。
前々から景山の悪い噂は耳にしていたが、ホテル街での一件で確信に変わった。
次は何をしてくるかわからない。
まさかこんな強引な手段に出るなんて思っていなかった。
これからは警戒していかないと。
今日は喫茶店で事情を聞いた後、解散となった。
柚希は田口と沙月に最後まで謝っていた。
そして今は柚希の部屋の前に居る。
景山について話し合っておかないと思ったからだ。
しかし今の柚希の心境を考えると中々ノック出来ないでいた。
部屋の前を往ったり来たりして悩み、いざノックをしようとすると、ドアが開いた。
「っ! お兄ちゃん、どうしたの?」
「えっと、き、気分は大丈夫か?」
「……うん。丁度良かった、部屋に入って」
柚希に促され部屋に入り、いつもの定位置に座る。
丁度良かったって事は柚希も俺に何か話があるのだろうか?
柚希の部屋に入ったものの、どう話を切り出せばいいか分からず、ずっと沈黙が流れる。
このままじゃ部屋に来た意味がなくなってしまう。
よし、先ずは世間話から始めよう!
「なぁ、柚希」
「ねぇ、お兄ちゃん」
柚希とタイミングが重なってしまった。
少し気まずそうに俯く柚希。
「お、お兄ちゃんからどうぞ」
「いいって。柚希から話してくれ」
「う、うん」
そう言うと、柚希は動揺を落ち着かせるように深く深呼吸をした。
他愛もない会話なのに、柚希から妙な緊張感を感じる。
あんな事があったら仕方ないよな。
「すぅ……はぁ……」
「落ち着いたか?」
「うん」
暫く黙って待っていると、柚希は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「お兄ちゃんは……どうして私を助けてくれるの?」
そう質問した柚希の目は真剣そのものだった。
予想外の質問だが即答モノだ。
『妹を助けない兄貴がいるもんか!』
最も単純で合理的で、それでいてずっと変わらない俺の答え。
だが柚希は今、そんな当たり前の答えを求めているワケじゃない。
自分なりに必死に答えを求めたはずだ。
柚希の真剣な目を見て、俺はそう直感した。
「逆に聞くけど、どうして柚希は俺をリア充にする手伝いをしたんだ?」
「え、それは……」
俺が質問を質問で返すと思わなかったのだろう。
柚希は驚いた様子を見せた。
そして、目を瞑り深く考えてから
「私自身の為……って今までの私なら言ってたと思うけど、お兄ちゃんの為だよ。カッコよくて優しくて小さい時から大好きだった、私の自慢のお兄ちゃんの為」
少し恥ずかしそうにはにかんで答える柚希。
……なんだか俺まで照れてくるんだが。
しかし今までと違い茶化した感じはなく、心からの言葉のように感じる。
だからこそ俺も真剣に答える。
「俺も同じだ。頭もよくて可愛くて人望もある自慢の妹だからな。それに兄貴なんだから助けるのは当たり前だろ」
安心させるためにも俺は笑顔で答える。
そして柚希は口をキュッと紡ぎ、その瞳は涙で潤んだ。
「私はお兄ちゃんを利用したんだよ?」
「そうだな」
「いっぱい迷惑も掛けちゃってる。今日の事だって……」
「そうだな。でも、それでも許すのが兄貴ってものなんだよ」
とうとう柚希の瞳から涙が零れた。
止まらない涙を拭うように、柚希はパーカーの裾で顔を覆う。
「お兄ちゃんだけじゃなくて、沙月ちゃんやお兄ちゃんの友達。それ以外にもいろんな人に迷惑を掛けた。だけど皆優しくて、こんな私を許してくれる」
「だけど……私は自分が許せない!」
今までの柚希からは到底出て来なかったであろう言葉に少し驚いた。
良くも悪くも今回の事が柚希にとって変わるきっかけになればと思っていたけど、ここまで自分を責める程に変わっていたなんて。
今のままの自分が嫌だ、変わりたいと柚希はそう思っている。
だったら俺が掛けられる言葉は???
「柚希がそう思えるのは柚希自身が成長したからじゃないのか?」
「……」
「過去の事は変えられない。だけど、これから変わっていく事はできるだろ?」
涙を流しながら俯いている柚希に優しく語り掛ける。
「それにさ、柚希は自分を責めているけど迷惑ばかり掛けてた訳じゃないんだよ」
「……え?」
「覚えてるか? 俺が中学で孤立してた時、唯一柚希だけは態度を変えなかった」
あの時の俺は学校全体から嫌われいて、おまけに親は柚希に『兄と関わるな』と言っていた。
それなのに、柚希は親がいない時には普段通りに接してくれた。
その事がどれだけ俺にとって救いになったか分からない。
「それから公園で虐められてる柚希を見て……それが俺の所為だと知って。何とか変わらなきゃって思って、俺をリア充にしてくれっていう無茶振りにも真剣に答えてくれたよな」
まぁその虐め自体自作自演で俺はまんまと騙された訳だけど、当然それを恨んだ事はない。
「柚希の特訓のお蔭で学校一の完璧美少女と付き合えたし」
俺の初恋の人であり初めての彼女である楓。彼女にも色々教わったし感謝してる。
「初めての合コンに初めてのアルバイト。そのお蔭でコミュ障もかなり良くなったよ」
合コンで初めて沙月と出会い、アルバイトでは友華さんとも知り合えた。
「他にもいっぱいあるぞ! そして、それらのお蔭で今の俺が在る」
「……」
「変わりたいと思った瞬間から俺の生活は変わってたんだ。だから柚希も変われるよ。俺が保証する!」
俺の語りを涙を流しながら聞いていた柚希が口を開く。
「……ずるいよお兄ちゃん」
柚希はベッドからスッと立ち上がる。
「小さい頃から私が本当に困った時はいつも傍に居てくれた。今日も私がピンチの時に助けてくれた」
そう言って俺の元まで来ると、ゆっくりと両足の間に膝を降ろした……と思ったら押し倒された。
「え?」
突然の事で抵抗する間も思考もなかった。
「お、おい柚希」
「中学の時、どうして私が態度が変わらなかったと思う?」
泣きはらした瞳は微かに潤いを保ちまっすぐ見つめてくる。
いやいや、なぜこうなる。
俺は慌てて距離を取る。
「それは……兄妹だからだろ?」
「ふふ、ハズレ」
壁際に追いつめられた俺に四つん這いで近づいてくる柚希。
寝間着のパジャマに大きめのパーカーを着ているため、胸元がハッキリと見える。
ダメだとわかりつつも身体が動かない。
ヤバい、どうしてこうなった。
「ねぇ、知りたい?」
そう言うと今度は俺の足を挟み込むようにして座ってくる。
パジャマ越しに太ももの感触が直接伝わってくる。
「正解は……」
柚希の体温がわかる。
漏れる吐息がかかる。
柚希の顔がどんどんと近づき、耳元で
「お兄ちゃんの事が好きだからだよ」
と
俺は慌てて柚希を引きはがそうと手を伸ばすと
「ぁんっ」
伸ばした手が柚希の胸を包み込んでいた。
「わ、悪い! ワザとじゃないんだ!」
と、胸から手を離そうとすると、その上から柚希の手が押さえつけて来た。
「ふふ、嫌じゃないよ。むしろ嬉しい」
「いやいや、ダメだって! 俺達兄妹だから!」
「ホントずるいよね。そういう律儀なところもどんどん好きになっちゃうもん」
手を押さえつけられた状態のまま無理矢理引き剥がす。
しかし柚希は俺の胸を撫でながら
「ねぇ、もぅ我慢できないょ」
「だ、ダメだって! 俺には沙月が居るし! じゃなくて、えっと、その、とにかくダメだ!」
首を左右にブンブンと振って説得していると
「ぷっ、くく」
「へ?」
「あは、あははははは」
突然柚希が笑い出した。
「もう、お兄ちゃん焦り過ぎ。冗談に決まってるでしょ」
と言って柚希は俺の上からどいた。
「じょ、冗談? はぁ~、ビックリさせるなよ~」
「あはは、ごめんね」
「ごめんじゃないって! でもこんな冗談が出来るならもう大丈夫だな」
「うん、ありがとう」
ヒヤヒヤしたぁ!
昼間のひき逃げ未遂よりもヤバかったかも知れない。
あんなに泣いてたのにあの迫真の演技。
恐るべし柚希。
それから今後の事を少し話した。
迷惑を掛けた友人や知人に謝って周りたいろ柚希は言う。
それなら忘年会の時にすればいいと言うと、少し嬉しそうに頷いた。
話が終わり部屋を出て行こうとすると
「ねぇお兄ちゃん。その、もしも私達が血の繋がっていない兄妹だったらさ……どうしてた?」
「何言ってんだよ。元気になるまで話聞くに決まってるだろ?」
「そっか。そうだよね」
ドアを開け部屋に戻ろうとすると後ろから柚希が
「ありがとうお兄ちゃん、だーい好き!」
と満面の笑みを見せ抱きついてきた。
これでもう柚希は自己顕示欲を満たす為だけに行動したりしないだろう。
そう確信が持てた。
「あぁ。俺も柚希の事大好きだ」
そう言って柚希とわかれ、俺は自分の部屋へ戻った。