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第92話 並んで

 午前11時。昨日指定された場所で友華さんが来るのを待っている。

 指定された場所は昨日の公園だった。


 沙月から聞いたのか、それとも単なる偶然なのかは分からない。


 ベンチに腰を掛けて公園内を見るが、夏休みだというのに子供一人居ない。

 今日で夏休みが終わりなので宿題に追われてるのかもしれない。


 待つこと数分、友華さんが現れた。


 ひざ丈の白のフレアスカートに薄い水色のフリルの付いたシャツ、薄手のレースカーディガンを羽織っていた。

 足元は夏らしいサボサンダルを履いていた。


「ごめんなさい、おまたせしました」

「……」

「あれ? 友也さんどうしました?」

「あ、すみません。雰囲気が変わっていたので見惚れてました」


 先日、沙月に選んで貰った服なのだろう。

 一目でわかる大人っぽい雰囲気に、彼女にしては夏らしく大胆に露出した足元。

 元々控えめな性格と容姿だったが、まるで別人の様に変わっていた。


「うぅ……あ、ありがとうございます」


 友華さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 さすがに性格まではすぐに変わらないようだ。



 暫く沈黙が続いた。

 想像以上にイメージチェンジした驚きと感心に浸ってぼーっとしていると



「あの、実はその、友也さんと二人きりで会いたくて」

「は、はい」



 やばい、ドキドキする!

 よくよく考えたら友華さんから誘われるのは初めてだ……こんな大胆な人だっけ?


 昨夜電話を受けたときから身構えてはいたのに自分でも信じられないくらい動揺している。


 これから何を話す?

 いや、決まってる!


 俺の答えも決まってるはずなんだ。

 はずなのに、ちゃんと言葉にできるのか?


 刹那に様々な思考が駆け巡る。


「会って直接お話したい事があったんです」


 数秒前とは違い覚悟をしたような真っすぐな目で友華さんは話す。

 俺も狼狽えている場合じゃない。


 気づかれない程度に小さく深呼吸をして


「それじゃあえっと、そこのベンチにでも座りましょうか」


 4人掛けのベンチに先に座る。

 少し考えたかのように間を置いて友華さんが座る。


 二人の間は少し距離が空いている。



「それで、聞きたい事っていうのは何ですか?」


 友華さんは真剣な顔で


「昨日の事を沙月から聞きました」


 やっぱり沙月から聞いていたらしい。


「新島さんと水瀬さんの事が好きでどちらか決められないというのは本当ですか?」


 やっぱりそこに引っかかりを感じたみたいだ。


 そう感じられても仕方ない。

 逆の立場でもそう思う。

 だが虫のいいことに、一瞬聞かれたくなかったと思ってしまった。


 どうやら俺自身気づかないうちに、変わっていく友華さんに魅力を感じていたようだ。



 それでも一番大きな気持ちは変わらない。



「はい。楓と南、両方を同じ位好きでどちらか選べないでいます」

「だから沙月とは付き合えないという事ですか?」


 素直な気持ちを真っすぐ伝える。

 友華さんはさらに真っすぐに問いかけてくる。


「そうです。二人の気持ちを裏切るような事はしたくなかったので」


 俺がそう言うと、友華さんはホッとした様に


「よかったです」

「何がですか?」

「友也さんがキチンと相手の気持ちを考えてくれる方だと分かりましたから」


 俺はてっきりどうして沙月をフッたのかと責められると思っていたが、逆に褒められた。


 安堵する間もなく話は続く。


「以前話しましたよね? あの子が私を嫌ってるって」

「実は沙月からも聞いてます」

「そんな子が、私の腕の中で泣いてくれたんです」

「え……?」


 驚いた。

 あの日笑顔で別れた沙月が泣いていたなんて。


「……すみません」

「いいえ、正直、私嬉しかったんです。あの子が涙を流すほど好きになれた人ができた事、その涙を私に見せてくれた事が。まるであの子がずっと抱えてた秘め事を教えてくれたようで」


 友華さんは改まってこちらを向き頭を下げる。


「あの子が好きになった相手があなたで良かったです。ありがとうございます」


 予想外だった。

 責めはされど感謝されるなんて。


「ありがとうだなんて、俺は沙月を傷つけて……」

「覚えてますか? 初めてあなたと会った時」


 俺の言葉を遮るように話を続ける。


「あなたが私に話しかけてくれた時、驚いたけどとても嬉しかったんです。学校で話題の有名人が私なんかに話しかけてくれたんですから」

「……」


「それからあなたに会う度に、沙月から話を聞く度に……私もあなたに惹かれていった。まるで小説に出てくる王子様に憧れるお姫様になったみたいに」


 王子様だなんて、俺はそんな大それたモノじゃない。

 自分の物差しで他人の気持ちを本物じゃないなんて決めつけて。

 俺は最低だ。


 しかしそんな考えを見透かすかのように


「自分でも思います。私はただ憧れているだけかもしれないと。それでも……」


 一呼吸終えると


「私は友也さんの事が好きです」

「はい」

「でも私の好きは新島さんや水瀬さんに比べたら小さいかもしれません」

「はい」

「それに、これが本当の恋かどうかも分かりません」

「……はい」

「なので、この気持ちが本物かどうか確かめる為にもこれからも仲良くして下さい」


 友華さんは自分の想いを全て話したのだろう。

 なら俺もキチンと答えないといけない。


「俺は正直、友華さんの好きは俺に優しくされたから条件反射で好きになったと思ってました」

「はい」

「最初はそんな風に人を好きになるのは間違っていると思いました」

「はい」

「でも、人を好きになる理由なんて人それぞれなんだと教わりました」

「はい」

「それに、本物の恋がどういうものか俺もわかりません」

「……はい」

「なので、俺でよければその答えを探すお手伝いをさせて下さい」

「……はい!」


 俺も素直な気持ちを全部伝えた。


 緊張が解けたのか、目を合わせて同時に笑う。

 元々ボッチの似た者同士、これが俺たちにとっての最適解かは分からない。

 けど、せめて友華さんが本当の恋を見つける切っ掛けになればと願う。


「では友華さん、これからもよろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」



 時計を見ると既に正午を周っていた。

 どうりでお腹が減っている訳だ。


「よかったらお昼食べませんか? 新しい小説の話もしたいので」

「はい、是非! 私も丁度新刊について話したいと思っていたんです」



 こうして俺達は二人並んで歩き出した。

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