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第65話 逃げるな

 柚希の部屋に入るや否や


「新島先輩と別れたって本当?」


 と強めの口調で言われた。


「ああ、本当だよ」


 俺が素直に肯定すると


「どうして別れる事になったのか説明して!」


 と予想通りの反応だったので、ミナミの家に行った所から順番に説明した。

 説明を聞いた柚希は


「へ~、水瀬先輩やるじゃん! 新島先輩も思い切ったな~」


 と何故か感心していたが


「っていうか、水瀬先輩にキスされたって何で言わなかったの?」

「俺自身パニックになっちゃってそれどころじゃなかったんだよ」

「その結果が新島先輩と別れる事になっちゃってるじゃん! ちゃんと相談してよね!」

「うっ! すまない」


 そうだよな。柚希に相談していればこんな事にならなかったかもしれない。


「でも、私に相談してても今回は別れてたと思うけどね」

「それじゃ結局今と変わらないじゃん」

「そうだね~、私がアドバイスしても新島先輩が折れなかったと思うし」

「楓はミナミに引け目を感じてたみたいだからな」


 だから今回の勝負になったんだよな。

 美少女二人から迫られるとか何処のギャルゲーだよ。


「とりあえず、水瀬先輩をどうするかだね~」


 そうなんだよな。

 ミナミの気持ちは素直に嬉しけど、俺はやっぱり楓が好きだ。


「とりあえずキープするとして、どうすれば納得するかな~」


 柚希からとんでもない言葉が発せられた。


「なんだよキープって」

「そのままの意味だよ。万が一新島先輩と別れた時直ぐに乗り換えられる様にしておくの」


 なんだそれ? そんなのクズがやる事じゃないか!


「俺がそれをやると思うか?」

「まぁやらないだろうね。言ってみただけ」


 と笑いながら言うが、目が笑っていない。

 このまま柚希のアドバイスを聞いていいのだろうか。


「なぁ、今回は俺に任せてくれないか? 自分で決めたいんだ」

「それは水瀬先輩をキッパリ振るって事だよね?」

「まぁ、そうなるかな」

「水瀬先輩の気持ちは考えないの?」

「考えたよ。その上で俺は楓を選ぶ」


 自分の気持ちに嘘は吐けない。

 俺がハッキリと楓を選ぶと告げると


「そんなの全然水瀬先輩の気持ち考えてないよ! どんな気持ちでお兄ちゃんにキスしたと思ってるの? 好きで好きで堪らなくて、でもお兄ちゃんには新島先輩という彼女が居てずっと気持ちを抑えてたと思う。

それでもやっぱり好きって感情が止まらなくてキスしちゃったんだと思う。そんな水瀬先輩の気持ちを考えずに勝負が始まる前から否定しないで! ちゃんと向き合ってあげて!」


 柚希は珍しく感情的になっていた。

 若干目元に涙が溜まっている。


「でも……」

「でもじゃないよ! お兄ちゃんは水瀬先輩から逃げてるだけだよ。水瀬先輩の気持ちと向き合うのが怖いんでしょ? 新島先輩への気持ちが揺らいじゃうんじゃないかって!」


 今の柚希の言葉を受けて気付く。

 ミナミの気持ちは真っすぐだ。 そんな真っすぐな気持ちと向き合うのが怖かった。

 俺は楓が好きだと言い切れる自信がある。

 だけどミナミの真っすぐな気持ちと向き合う事でそれが揺らいでしまうのが怖かったのだ。

 くそ! 柚希の言う通りじゃないか。これじゃ嫌な事から逃げていた昔と変わらない。


「お願いだからちゃんと向き合ってあげて? 同じ女としてのお願いだよ……」


 そう言って涙を流しながら俯いてしまう。

 今まで自分の為ならどんな汚い手を使っても構わないと言っていた柚希が、こんなに純粋に他人の気持ちを応援するなんて思いもよらなかった。

 俺の柚希を更生させるという目標に近づいているかもしれない。

 ここで断ったら何をするか分からない。

 それに、俺も逃げてばかりじゃダメだよな。


「わかったよ、ミナミとちゃんと向き合う」


 俺がそう言うと、柚希は顔を上げて笑顔で


「ありがとう、お兄ちゃん」


 とお礼を言われ、照れくさくなった俺は


「あ、ああ」


 と短く答えた。


 そしてその後、柚希とミナミの気持ちに素直に答えると言う約束を交わし解散となった。

 俺がミナミと向き合うと言ってから終始笑顔の柚希を見て、俺の選択は間違っていなかったのだと実感した。


 次の日の朝、駅に向かう途中でミナミとバッタリ会った。

 いつも帰り道別れる交差点で俺が来るのをずっと待っていたらしい。


「ヤッホー! おっはよー!」

「おはよう、もしかしてアピールか?」

「それもあるけど、折角部活も無いし最寄り駅同じだから一緒に行こうって思ったんだけど迷惑だった?」


 と上目遣いで聞いてくる。

 このアングルでミナミを見るのは初めてだけど、改めて美少女だと認識させられる。


「いや、迷惑じゃないけど」

「よかった♪」


 と言いながら持っているスクールバックをブンブン振っている。

 まるで犬のしっぽのようだ。

 そのまま二人で電車に乗り、学校の最寄り駅で降りる。

 改札を出ると、予想していた通り楓が待っていた。


「友也君おはよ~、南もおはよう」

「おはよう」

「おはよ~、楓もアピールかな?」


 とミナミが楓に牽制すると


「ん~、付き合ってた頃の癖かな~」


 と楓もカウンターを浴びせる。


 なんか空気がピリついて感じるんだけど気のせい……だよね?

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