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第60話 約束

 散乱している問題集を片付けて目の前にカレーが置かれる。

 カレーのスパイシーな香りが食欲を掻き立てる。


「どう? おいしそうでしょ!」

「まぁ見た目は普通のカレーだからな」

「ふっふっふ、食べた後同じような口が利けるかな?」


 やたらと自信満々にそう言ってのけるので、俺は遠慮なく頂く事にする。


「じゃあ、いただきます」

「召し上がれ♪」


 スプーンですくい口に運ぶ。


「っ!?」


 美味い! なんだこの美味さは!

 俺は次々にカレーを食べていき、あっという間に完食してしまった!


「ふふふ、どうだった?」


 と答えが分かり切ってる顔で聞いてくる。


「滅茶苦茶美味いよ! 今まで食べたカレーの中で一番と言っていいくらいだ!」


 大袈裟でもなんでもなく、素直にそう思った。


「だからいったでしょ~? カレーは私の得意料理だって」

「いやマジで金取れるレベルだよ」

「どう? 参った?」

「参りました。 正直侮ってました、ごめんなさい」

「素直でよろしい。 じゃ私も食べよっと」


 そう言って水瀬も食べ始めた。

 俺は既に完食してしまっているので水瀬の食べている所をただ見ている事しかできなかったが


「そ、そんなに見られると恥ずかしいんですけど!」

「わ、悪い。 俺だけ先に食べちゃったから手持ちぶたさで」


 そう言って慌てて水瀬から視線を外す。

 すると


「しょうがないな~、一口だけだよ~?」


 そう言ってカレーの乗ったスプーンを俺の顔の前に持ってくる。


「え? な、何これ?」

「ほら、あ~ん」

「いやいやいや、それはマズくないか?」


 水瀬が使っているスプーンでそんな事したら間接キスになっちゃうじゃないか!

 と考えていると、俺の考えを読んだのか


「もしかして間接キスになっちゃうとか思っちゃってるの~?」

「わ、悪いかよ」

「この位じゃ何とも思わないよ普通。佐藤って純情だね~」


 え? そうなの? リア充って間接キスとか気にしないのか? 気にする俺が間違ってるのか?

 そう俺が悩んでいる間も


「ほら、冷めちゃうから早く~」


 と急かしてくるので、俺は何も考えない様にしてパクッと一口食べる。

 うん、やっぱり美味しい。


「間接キスしちゃったね」

「ちょ、気にしないんだろ?」

「どうだろうね~」


 意味深に言葉を濁して続きを食べる。 その様子に動揺は見られなかったので揶揄っただけだろう。

 水瀬も食べ終え、食器を片しにいく。

 水瀬が戻ってくる間に再び机に問題集を並べる。

 勉強の準備も出来て後は水瀬が戻ってくるのを待つだけだったが、不意にスマホの通知音が鳴る。

 画面を確認すると、食器を片付けに行った水瀬からだった。

 もしかして皿でも割ったのかな? 等と考えながら通知を開くと


〈約束おぼえてる?〉


 という文字だけが送られていた。

 やはり水瀬は約束を気にしていたようだ。

 それなのに俺は水瀬から言われないからと言って約束を破ってしまった。

 やっぱり俺は卑怯者だ。

 ちゃんと水瀬に謝らないとな。

 と考えていると、水瀬が部屋に戻って来た。


「えっと、既読が付いたから戻ってきたんだけど……」


 いつも元気な水瀬にしては歯切れが悪い。

 きっと俺が約束を覚えてないんじゃないかと不安なのだろう。

 だから俺は


「ちゃんと覚えてるよ≪ミナミ≫」


 と言うと、瞬く間に笑顔になった。


「も~、さっきまでずっと水瀬のままだったから忘れられてるかと思った!」


 と少し怒り気味に言う。


「ごめん、ちゃんと覚えてたんだけどミナミが普段通りだったから……ってこんな言い訳聞きたくないよな。本当にごめん」


 と素直に謝る。

 するとミナミは


「ちゃんと謝ったし許しましょう!」

「有り難き幸せでございます」

「「ははは」」


 そんなふざけたやり取りをし、いざ勉強を始めようとすると


「佐藤は私の事ミナミって呼んでくれるじゃん? 私も佐藤の事あだ名で呼びたい」


 と提案してきた。


「水樹みたいに友也じゃダメなのか?」

「それじゃ楓とカブるでしょ? もっと私だけの呼び方とか欲しいなぁって」

「ん~、じゃあトモっていうのはどうだ? 友達の友とも掛かってる」

「じゃあそれで! よろしくねトモ」

「よろしくミナミ」


 こうして俺のあだ名もきまり、勉強を再開する。

 思っていたよりも要点は覚えていたので次々と問題を消化していった。

 途中途中で雑談を挟みながらだったが、テスト範囲は問題ないだろう。



「もうこんな時間か」

「時間過ぎるの早いね」


 夏前と言う事もあり、18時でも外は十分に明るかったので気づかなかった。


「それじゃ俺はそろそろ帰るよ。後は一人でも大丈夫だろ?」

「うん、大丈夫だと思う。玄関まで見送るよ」


 玄関で靴を履いていると突然ミナミがおかしな事を聞いてきた。


「トモはさ、もう楓とはキスしたんだよね?」

「へぇえ!」


 いきなり何言い出すんだ。

 俺は立ち上がり、ミナミに背を向けたままドアノブに手を掛け


「まぁな」


 と短く答えると


「そっか、そうだよね」


 と何かを納得させるように呟くと


「トモ!」


 呼ばれて振り向くと俺の眼前にはミナミの顔があり、唇が触れあっていた。


「ちょ、え? これって……」


 頭の処理が追いつかずしどろもどろになっていると


「今のは今日のお礼だから!」


 と言って俺を無理やり玄関の外に追いやり扉を閉められた。

 俺は閉められた扉を見つめたまましばらく動けないでいた。

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