夜の11時、俺は今、柚希の部屋に居る。そして何故か正座をしている。
今日の出来事を報告するためにやってきたのだ。
何故こんな時間かというと、両親が起きてるといつ親が来るか分からないからだそうだ。
呼び出した本人はキッチンに飲み物を取りに行っている。
なので、妹とはいえ異性の部屋で一人きり……。
特に深い意味は無いし、緊張もしてないんだからね!
とツンデレ風に緊張をほぐしていると、部屋のドアが開き、柚希が入ってきた。
マグカップを持ったままベッドに座る。
マグカップは一つしかなく、俺の分は無いらしい。
若干落ち込んでいると
「で、今日は学校でどうだった?」
と、いつもの笑顔で聞いてきた。
何処から話そうか迷ったが、朝柚希と別れてからの事を全て話した。
「……という事があった」
俺の話を聞き終わり、柚希が口を開く
「やったじゃん! 初日にしては大成功だよ!」
柚希に褒められて若干顔が熱くなる。
「ありがとう、柚希のお蔭だよ」
と素直にお礼をする。
今日の成功はほとんど柚希のおかげだからな。
しかし柚希は
「お礼言うのは早いよ。私言ったでしょ? お兄ちゃんを学校一のイケメンリア充にするって。だから今の段階で満足しないで」
さっきまでの笑顔が消え、どこか冷めた表情が姿を現す。
柚希の本心を聞いた時もそうだが、どちらが本当の柚希か分からない。
「あ、ああ分かってる」
「なら良し!」
そう言った後柚希は顎に手を添えて何やら考え出した。
そして考えが纏まったのかウンと頷いて右手の人差し指をピンッと立てて
「これから一つずつ質問していくからちゃんと答えてね」
「わ、わかった」
一体何を質問されるのだろう。
このモードの時の柚希は容赦無いからな。
「まず、確認なんだけど筋トレと表情、声のトーンの練習はしっかりやってる?」
「ああ、ちゃんとやってるよ。毎日さぼらずにやる事って言われたからな」
「そっか、その調子で続けてね」
これは特訓を始めた当初から言われていた事だ。特に表情や声のトーンは意識しなくても出来る様にと言われている。
「次に、隣の席の及川さんには好きな人はいそう?」
いきなりぶっ飛んだ質問がきた。
「いや、分かんないよ。今日初めて話したんだしさ」
「それじゃグループの女子でそういった相手がいそうな人はいる?」
「さっきも言ったけど、1日じゃそんな事まで分かんないよ」
何なんだこの質問は?
それに仲良くなったとしても、女子に好きな人いるの? なんて聞けないよ。
「しょうがないかぁ。じゃあグループの中で一番会話が上手いなって思ったのは誰? 男子限定で」
「会話が上手いってのはどういう事をいうんだ?」
「例えば、話題を提供したり、広げたりかな。あとはいじるのが上手いとかそんな感じ」
う~ん、話題を提供してそれを広げる。そして人をいじるのが上手いかぁ……。
そう考えると中居は上手いというよりは言葉にパワーみたいなのを感じるな。
田口はお調子者って感じだし。
水樹は話しやすい感じはしたな。人をよく見てる感じもある。帰りも俺が輪に入れないのを見て話題を振ってきてくれたし。あっ、そういえば田口の事をいじってたな。
「恐らく水樹が一番上手いと思う」
うん、やっぱり水樹があの中じゃ一番だと思う。
「なら明日からの課題は水樹って人を観察して」
「観察?」
そう。と柚希は短く答える。
人間観察はぼっちの時よくやってたから得意ではあるが何で水樹なんだ?
俺が疑問を浮かべていると、その疑問に答える様に柚希は言う。
「会話の上手い人を観察してその人の技術を盗むの。どのタイミングで話題を出したり、どういう風にして話題をひろげているのかとかね」
「な、なるほど」
ゲームでもスポーツでも上手い人の真似はするもんな。
そして真似をしつつ技術を盗む。
まぁ効率的だとは思う。俺一人であれこれ考えてもなかなか進歩しなそうだしな。
「でも、観察ばかりじゃダメだからね。ちゃんと自分からも話題を振れる時は振るように!」
「わ、わかった。頑張ってみる」
「うん!」
話題かぁ。めぐの時みたいに事前に相手の情報があればいいんだけどな。
ん? そういえば
「不思議というか何というか、疑問に思ったんだけどさ」
「なに?」
「リア充ってみんなあだ名で呼んでるものだと思ってたけど、ウチのグループはあだ名で呼び合ってないんだよなぁ。これってどういうこと?」
そう、柚希はゆずと呼ばれていた。恵美もめぐと呼ばれている。親しい間柄ならみんなあだ名で呼び合うのかと思っていたのだ。
「ああ、それは人それぞれとしかいえないかなぁ。あとは人柄的な事もあるかも。例えばお兄ちゃんのグループのリーダーの中居さんを思い浮かべてみて。どう? あだ名で呼べそう?」
「……無理だな」
「そういうのも関係してあだ名じゃない人もいるって事。男子は大体名前呼びが普通だと思うよ」
「そうだったのか」
あだ名で呼ばれるのに憧れていたので少し残念。
「でも女子は割とあだ名で呼び合ったりする子が多いから……その手があったか!」
喋っている途中で何かを思いついたのか、ニヤリと笑う。
怖い怖い! 絶対ろくでもない事思いついたよ!
「お兄ちゃん!」
「はい!」
思わず背筋を伸ばしてしまった。
「明日の課題は女子の誰かをあだ名で呼ぶ事!」
「は、はあ!?」
女子をあだ名で呼ぶなんて今の俺には難易度高いんですけど!
あ、そうだ!
「でもウチのグループの女子はみんな名前で呼び合ってるぞ?」
そう! 元からあだ名で呼び合ってるなら分かるが、新しくあだ名を作るのは不可能だろう。
そう考えていると
「水瀬さんって元気キャラなんでしょ? そういう子は結構あだ名があったりするし、もし無くても付けちゃえばいいんだよ!」
「いやいやいや、無理だって! 俺がいきなりあだ名で呼んだら不自然だろ?」
今までグループ内で名前で呼ばれてたのに、今日入ったばかりの俺があだ名を勝手に付けるとか何様だと思われてしまう。
下手したらせっかくグループに入れたのに追い出されてしまうんじゃないか?
「大丈夫だって!」
「どっからその自信が出てくるんだよ。それに呼ぶにしても何て呼べばいいんだ?」
「それは自分で考えてよ。私が考えたあだ名で呼んでも意味ないでしょ」
無茶振りにも程がある。
「もうこんな時間だ。取りあえず今日はここまでね」
「え? いやちょ……」
「頑張ってね! 明日の報告楽しみにしてるから」
と最後に満面の笑みを見せて強制終了されてしまった。
明日なんて来なければいいと思いながら、眠りに就いた。