メイデン侯爵家の広い広い敷地を使っての披露宴は、後世に語り継がれるほど賑やかなモノとなった。
「あ、お花っ!」
「ウサギさんがいたっ!」
子どもたちがキャーキャーと言いながら空を見上げて走っていく。
「ほーら、今度は猫さんだぞー」
「みんなケンカしないで仲良く食べてねー」
「まだまだあるから心配しなくていいぞー」
研究開発部の職員が空に向かって何かを打ち上げる。
無骨な箱型の装置から長い筒を通って空へと打ち上げられた何かは、花火のように空へと散って様々な形を作っていく。
花の形が空に浮かんでキラキラ光り、ピンクやブルーの花が咲く。
空に伸びる草木が煌いたかと思えば、その間をウサギやシカが駆けていく。
緩く儚く空に浮かんだそれらは空に少し留まった後、パラパラと輝きながら地上に向かって落ちてきて、クッキーやケーキ、飴に変わるのだ。
地上から五十センチ程度のところで止まりフワフワと漂っているお菓子に子どもたちが飛びついていく。
大人も物珍しそうに覗き込んだり、味見したりしていた。
「あーお花が降ってくるっ!」
「こっちは
空に浮かんでいた雲が形を変えながら地上に降りて薔薇やスミレの花になり、その間を
子どもたちは歓声を上げながらピョンピョン跳ねるぬいぐるみのあとについて走り去っていった。
「可愛いわ」
「そうだねぇ、トレーシー君っ!」
ウエディングドレス姿のトレーシーの隣には、金刺繍がたっぷり入った白い礼服を着たアルバスの姿があった。
広い庭にところどころパラソルを立て椅子を置いた会場には、ワラワラと人がひしめいている。
メイデン侯爵家が招いた客たちも居たが、ほとんどが職場関係の客たちだ。
お菓子や紅茶、時折混ざるアルコールの香り。
大きなテーブルの上には色とりどりの食べ物が並び、側に立つ給仕やメイドが手際よく客の要望に応えていた。
「ふふ。とても賑やかで楽しいです、アルバス先輩」
「そうだろう? トレーシー君っ! 今日は特別賑やかではあるけれど。研究開発部がイベントに関わると毎回、こんな感じだよ!」
「私は行く機会がなかったので知りませんでした」
形ばかりでも婚約者のいたトレーシーは、彼がエスコートしてくれなかったために仕事関係のイベントに行ったことがない。
噂だけはしっかり聞いていたが、目にするのも体験するのも初めてだ。
(自分の結婚式が初体験になるとは思っていなかったけれど、楽しいわね)
招待客たちはそれぞれに好みの食べ物や飲み物をとってくつろいでいた。
その間を縫うように子どもたちがワラワラと駆けまわっている。
「これからは、私と一緒に出掛けられるねっ! トレーシー君っ!」
「そうですね、アルバス先輩っ!」
「あら嫌だ。アナタたち、まだそんな感じで呼び合ってるの?」
近くにいたトラントが顔をしかめる。
「えっ? ダメ? ダメなの?」
「そうよ、アルバス。トレーシーちゃんは、もう奥さんなのよ? その呼び方はないわ」
お説教モードに入ったトラントの横から、サリウスがヒョイと顔を出す。
「そうだぞ、アルバスっ! 妻を呼ぶなら、もっと優しい呼び方をしないとなっ!」
「兄上! そうなのですか⁈」
アルバスとサリウスに挟まれて渋い顔をしていたトラントがトレーシーの側に来てそっと言う。
「このふたり、声が大き過ぎない?」
「ふふ。そうですね、トラント部長」
声がデカいと言われた当人たちは我関せずで通常音量のまま会話する。
「もちろんだとも! そんな呼び方をしていると、トレーシー嬢が独身と思われて横からかっさらわれてしまうぞ⁈」
「ああっ! それはダメだっ!」
屋外なので通常から二割増しくらいの音量である。
サリウスはキラキラした笑顔を浮かべて長い銀髪を掻き上げながら言う。
「トレーシー嬢。私と似てアルバスは気が利かぬ男だっ! 我が愚弟をよろしく頼むよ!」
「うふ。はい」
「兄上……」
笑顔で答えるトレーシーと、感動してウルウルしながら兄を見るアルバス、それを見て呆れるトラント。
「じゃっ! さっそくやってみようか! アルバス、トレーシー嬢の手を握って」
「ん? はい……ん? こうかな?」
「トレーシー嬢、アルバスの方を見て」
「はい、こうですか?」
「さぁ、見つめ合ってっ! お互いの名前を呼び捨てで呼び合うのだ!」
サリウスの指示に従って手を握り合ったふたりは、互いの名を呼ぶ。
「トレーシー」
「アルバス」
小さくて消え入りそうなその声は、意外と遠くまで届いていて。
ヒューと冷やかすような口笛がどこかで鳴らされて、会場がドッと笑いで包まれた。
トレーシーとアルバスはポンと赤くなって視線を離す。
だが、手は繋いだままだ。
「えっと……呼び方を変えると、こう、新鮮だね? トレーシー」
「そうですね……えっと、アルバス?」
(ドキドキはしますが……不快ではないです……)
いつまでも手を繋いだままモジモジしている若夫婦を、会場にいる人たちは微笑ましく見守った。
「セイデス君。これでキミもお役御免だね」
「そうですね。まぁ、良い感じに収まってよかったです」
トラントから渡されたグラスを受け取りながらセイデスが答える。
「いつまでもくっつかなくて話がややこしくなるかと思ったけど。意外とすんなり決まってよかったわ」
「そうですね。これでオレも安心です」
「ふふ。次はセイデス君の番かしら?」
「いや、そうとは限りませんよ」
ニヤリと笑ってセイデスが視線で示した先には、本日、何度目かのメインイベントが行われるところだった。
「はいっ、皆さんご注目! 本日、花嫁からのブーケトスはありませんが、その代わりに魔道具を使いますっ!」
研究開発部の職員による説明に、会場内の皆の視線がひとつの魔道具に集まった。
そこには巨大大砲のような見た目をしている魔道具がある。
大砲の上には、たくさんの玉が入った箱が取り付けられていた。
「そういえば、会場に入るときに触れって言われたわね、あの玉」
「どんな仕掛けですか?」
「さぁ? 私もあの魔道具は知らないわ」
いぶかしげな表情を浮かべたトラントの隣で、興味深げな表情を浮かべたセイデスが大砲のような魔道具をまじまじと見る。
「ブーケトスは皆さんご存知の通り、花嫁がブーケを投げて受け取った人が次の花嫁になれるという幸せをおすそ分けするイベントですっ。今回は、魔道具を使って、次の花嫁を空に描きますのでご注目くださーい!」
ドォーンという音と共に白煙が空へと向かって伸びる。
その先では、バァーンという炸裂音と共に巨大なトラントの顔が空を舞った。
「ハハッ。次の花嫁はトラント部長のようですねっ!」
会場内は爆笑の渦に包まれた。
「……なんでよ?」
納得できない様子の胡乱な目で自分の顔の形をした雲が流れていくのを見ているトラントの隣で、セイデスは小さく噴き出した。
そして翌日。ケープドレスを凛々しくまとったエセルがトラントを背中から抱き倒して熱烈なキスをした、と、いう目撃談が王城を駆け巡ることになるのだが、この時の彼らはまだ何も知らない。