「兄上、本当に行ってしまわれるのですか?」
「ああ、そうだよ。私は婿に行く!」
愛に目覚めキラキラと輝く兄、サリウス・メイデンが隣国へと婿に行く日がやってきた。
天気はよく、馬車も護衛たちも元気だ。荷物は後から運び入れる手筈になっている。
まずはサリウスを隣国に届けるのが早いと二人の父であるメイデン侯爵もホクホクと上機嫌だ。
話はトントンと進み、アルバスごときには止められなかった。
よってアルバスが次期メイデン侯爵になるのは既定路線。
あれよあれよという間に、サリウスの出発日がやってきてしまったのである。
出発日は休日だったので有給をとらずに済んだのが唯一、アルバスにとって良いことだった。
後は馬車に乗り込むばかりという兄に向かってアルバスは諦め悪く言う。
「それにしたって兄上。何も婿に行かなくてもいいじゃないですか」
「ん? なんの話か分からんな?」
「お相手をメイデン侯爵家に迎え入れてもよかったのでは?」
「いや、これでいいんだよ!」
兄はアルバスの肩をガシィィィィと掴む。
「これが愛だよ、アルバス!」
「兄上、近いっ! 近いですっ!」
アルバスは兄の手を逃れようとバタバタ暴れるも、サリウスは力が強いので筋肉ペラッペラの弟は逃れられない。
「よくお聞き弟よ。愛はね、新しいモノを生み出すのだよ」
「新しいモノ? 子どもですか?」
「うん、赤裸々だね。それもあるけど、アルバス。それだけじゃない!」
「どういうことでしょうか? 兄上」
サリウスが手を離して遠いところを見る。
兄の体が離れていっただけてふらつく軟弱な体を持つアルバスは、視線の方角を確認して思う。
そっちは隣国、これから行く国の方向だと。
―――――― ココからサリウスのひとり語り開始。――――――
「私は恋に落ちなければ隣国へ婿に行こうなどと考えなかった。決められた通りに侯爵家を継いでいただろう。そうなった時、私に新しいモノを生み出せる力は持てただろうか? いや、きっと何も新しいモノなど生み出すことなく人生を終えたことだろう。それがどうだ? 私は恋に落ちた。彼女と恋に落ちただけで、今こうして隣国との縁を結ぼうとしている。もちろん彼女も欲しいし、子どもも欲しい。だが結婚するだけで、恋に落ちただけで、国同士の結びつきが強くなるなんて素晴らしいことだと思わないかい? アルバス。王族との縁を結ぶことが出来たならメリット抜群だ。それは国と国にとってよりよいモノを生み出せるチャンスだ。新しいモノを生み出すことばかりが素晴らしいことではないけれど。でもコレって、素晴らしいことだと思わないかい? アルバス。私は恋をしただけなのに。美しい彼女に心奪われただけなのに。そして、彼女の美しい心を奪っただけなのに。それがこんな素晴らしい新しい縁を生み出すなんて素晴らしいことだと思わないかい? アルバス」
―――――――――― ひとり語りココまで ――――――――――
「兄上。私にはいまいちピンときませんが」
「んっ。コレでもダメかぁ~! アルバスらしいと言えば、アルバスらしいけどな!」
サリウスは笑顔で髪を掻き上げた。銀髪がキラキラと太陽の光に輝く。
「お前の結婚式には戻るからね。向こうの式は一年先だから、二人でおいで!」
「え? 二人って? 父上と、ですか? 母上も行きますから三人ですよ?」
「違うよ、トレーシー嬢と二人で、っていう意味だよ」
「……二人でおいでもなにも……私は結婚の申し込みすらしていませんが……」
グイグイくる兄に困惑しながらアルバスはボソリとつぶやいた。
「ならっ! まずは結婚の申し込みをしないといけないね!」
明るく告げるサリウスのなかでは、本人が結婚の申し込みを断るとかセイデスが難色を示すとか現侯爵である父が反対するとか、アルバスとトレーシーが結婚に辿り着けない可能性は丸っと無視されているようだ。
「えっ? 私とトレーシー君が? えっ? えっ?」
アルバスは動揺した。
ふわんとした好意をトレーシーに持ち続けた期間が長すぎたアルバスにとって、兄の提案は生々しい。
しかし、動揺しながらも心の中を去来する摩訶不思議な想いは、アルバスに不快感を与えるものではなかった。
結婚の申し込みをすれば、ふたりで兄上の結婚式にいける。
結婚さえすれば、他にも楽しいことが色々出来るんじゃない?
結婚したら、トレーシー君と毎日一緒。
毎日一緒にいられる。
毎日……。
「お前とトレーシー嬢の結婚式の時には戻ってくるからっ! 頑張れよ!」
兄は笑顔で旅立って行った。
残されたアルバスは、夢見心地に考える。
私は毎日、トレーシー君と一緒にいたい。
なら、結婚の申し込みをしたらいいんじゃない?
と、アルバスのなかで結婚の申し込みという課題がコロコロと転がり始めた。