「あの……ちょっとよろしいでしょうか? 魔法省の……研究開発部の方、ですよね?」
エリザベスは王城の職員が行き交う廊下で、戸惑いがちにローブを着た人物を呼び止めた。
魔法省の入っているエリアは特別な場所だ。そこまで入り込むのはエリザベスには無理だった。
しかし、幸いにして魔法省の制服であるローブは目立つ。特に、研究開発部のローブは目立つから、探すのは簡単だ。
「あ……ハイ……」
エリザベスは、いかにもコミュ障っぽい男を見て、心の中でニンマリと笑った。
(これなら簡単に目的を果たせそう)
「あの……私、魔法省研究開発部で働くトレーシーの身内なんですけれど……」
ここで妹とあえて名乗らないのがコツだ。トレーシーは割と有名であるし、ダウジャン伯爵家でゴタゴタがあったことも内緒の出来事ではない。
「これを届けたくて来たのだけど、身内でも研究開発部の研究棟には近付けないらしくて……」
「あっ……ああ……あそこは、警備が……厳しいから……あ……」
「なので、お願いしたいのですが。これをトレーシーに届けて下さいませんか?」
「ぁあ、ハイ」
コミュ障な研究開発部員は、気付いた時にはカゴを手に持たされていた。柔らかな色合いの植物性繊維を編んで作られた持ち手付きのカゴのなかには、可愛らしいぬいぐるみやお菓子が詰まっている。リボンや生花で飾られたカゴは、いかにも贈り物といった趣があり、危険な物には見えない。
「引き受けていただいてありがとうございます。お菓子はたくさん入れてありますので、みなさんでどうぞ」
さらにエリザベスが笑顔で言えば、コミュ障の若者は断るタイミングなど失ってしまう。
(これでよし、と)
コミュ障の若者に渡したカゴは、最近お近付きになった侯爵令息に渡された物だ。
『ちょっとした見ものになると思うよ』
ニヤニヤ笑って渡された、あのカゴの中身が本当は何なのか? エリザベスは知らない。
(あの方は、ちょっとした嫌がらせだ、と、おっしゃっていたわ。何でしょうね? お腹が痛くなるとか、異臭がするとか、どんなイタズラなのかしら? トレーシーがどんな顔をするか楽しみね)
正直言えば、側にいてトレーシーの反応を見たかった。
(でも、あの方がそれはダメだと言うから。渡したらすぐに帰りなさい、と言うから帰りますけどね。私はお姉さまと違って、殿方のいう事を聞く従順な淑女ですもの)
目的を果たしたエリザベスは、自画自賛しながらサッサと王城を後にした。