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第31話

「おはようございます、アルバス先輩っ」

「あぁ、お、おはよう、トレーシー君……」

 アルバスが休みをとった翌日。いつもの研究開発部研究棟の一室だというのに、顔を合わせたふたりの間には微妙な空気が流れる。

 トラントやセイデスは、おや? と、思ったが。そこはあえて触れずに普段通りふるまった。

 トレーシーは昨日の結果をアルバスに報告した。

「あー……マークとは魔力の相性が悪かったんだね」

「はい。せっかく材料を揃えていって下さったのに。……面目ないです、アルバス先輩」

 ふたりの視線の先には、昨日の鍋が置かれていた。

 鍋の中には、乾燥したままプカプカと浮く薬草や、紫やピンクが緑と黄色に浸食されているような気持ちの悪い色合いのマーブル模様を作る抽出液、その間を埋めるように踊っている生の薬草が入っている。

「これは……魔法薬ではないな?」

「はい。かといって高い材料ばかりですから。捨ててしまうのも、もったいないような気がして……」

「んー……じゃ、私と一緒に再調合してみるかい?」

「はい」

 トレーシーとアルバスは鍋の両端に立って魔力を流し始めた。

「この位でいいかい? トレーシー君」

「はい、大丈夫そうです。アルバス先輩」

(あっ……やっぱり、アルバス先輩とだと安定する……)

 トレーシーが見つめる先では、鍋の中がピンクや青に光りながらゆるゆると混ざり合っていく。

(昨日は何度やっても混ざらなかったのに……ああ、もう抽出液は綺麗に混ざってしまったわ。生の薬草も半分くらい溶けている。乾燥させたものは……コレは調合が終わったら茎を取り除くタイプだから、殆んど終わってるわね)

「んっ。コレくらいでいいんじゃない?」

「はい」

「なんだかイケそうだね。ちょっとコレ、治験者さんたちに試してみて貰う?」

「そうですね」

 不妊に悩んでいたり、子供が早く欲しいと思っているカップルは、トレーシーたちが思っているよりも沢山いた。

 どのくらいかというと、研究開発部内でも治験者に立候補してくれた人がいたくらいである。

「内々の研究開発だから、あまり候補者は募れないけど。まぁ、部内にも立候補者がいたから気楽だな?」

「そうですね、アルバス先輩。それにコレは滋養強壮効果が得られる魔法薬ですから気軽に試して貰えます」

「んっ。そうだね。男女兼用だしね」

 研究開発部は人数が多い部署ではない。それでも数人が立候補してくれた。結婚したばかりのカップルもいれば、長年子供が出来なくて困っているカップルもいる。

「研究開発部は忙しいからね。子作りも思うようにはいかないだろう」

「そうなんですね」

「忙しいと疲れちゃうからね。子作りまでは……」

「体が弱っていると、妊娠どころじゃないですよね」

 トラントは思う。微妙な空気をかもしたくせに、子作りの話題は平気なんだな、このふたり、と。

「ま、試してみないと分からないし。私も試してみようかな」

「私は止めときまーす。容器持ってきますね」

「ん、よろしく」

 好奇心なのか、お疲れなのか、自ら試してみようとするアルバスに対し、ナチュラルに拒否するトレーシー。

 ふたりとも、相手に対して特に思う事はないらしい。

 トラントは思う。ますます分からないふたりだな、と。

 そんなこんなで不妊に効く薬の開発は進んでいき、第一弾が完成した。

「これが……不妊に効く薬?」

「そうです、エセルさま。これは男女兼用のモノです。実験済みで効果も確認してあります」

 受け取りに来たエセルが複雑な表情を浮かべてトレーシーが差し出すガラスの小瓶を眺める。中に入っているのは液体でピンク色。

「精力剤というよりも滋養強壮剤ですけどね。不安でしたら、毒見の方に試して貰ってみてください」

「まぁ、それは……そうか?」

「効果は確認しましたので。研究開発部の新婚カップルが無事、妊娠しました」

「そうなんだね?」

 エセルは、トレーシーが言うと家畜の種付けとかのイメージに近いな? と、思いながらガラスの小瓶を受け取った。

 トレーシーは更に可愛らしくラッピングしたカゴを渡す。

「雰囲気を作る魔道具も一緒にどうぞ」

「あっ……ああ」

 照れとか一切ないんだな、と、思いながら、エセルは花やリボンで飾られたカゴを受け取った。

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