「真実の愛だ」
キラキラと輝きながらのたまうのは、アルバスの兄にして次期メイデン侯爵となるサリウスだ。
「兄上。他国の王女と真実の愛に目覚めるの、やめ「無理だ」て貰えますか?」
被せ気味に入る否定。サリウスの本気がうかがえる。
ここはメイデン侯爵家の執務室だ。緊急の用件があるとの呼び出しに応じたアルバスが屋敷に来てみれば、一歳上の兄にして後継ぎ息子であるサリウスが色ボケしていた。
サリウスは25歳。アルバスと同じ銀髪に青い瞳で顔立ちも似ている。身長も同じくらいではあるが、文武両道であるサリウスには筋肉がしっかりとついていて、アルバスよりも一回り大きく見えた。スラリとしたスタイルの良いサリウスは、日頃からケアも身だしなみもしっかりしている美男子である。
モテる男であるとは知っていたが、まさか他国の王女を引っ掛けてくるとは思わなかったアルバスは驚きながらも諭す。
「だって、あちらは王女さまなんでしょ? 侯爵といったって、他国からしたら魅力ないじゃないですか。正気に戻ってください」
「断るっ!」
執務机に向かい椅子に座って拒絶のポーズを決める兄に、アルバスは応接用の椅子に座って頭を抱えた。
「無理ですって」
「いや、あちらの許可は出ている」
「はぁ⁈」
驚いて勢いよく顔を上げれば、サリウスは得意げに言う。
「私が向こうへ婿入りすることを条件に結婚を許可してくれるそうだ。私の未来の舅は太っ腹だな?」
「えっ? えっ? て、ことは……マジですか?」
「んっ。マジだ」
「ですが、兄上は跡取りなんですよ? メイデン侯爵家はどうするんですか⁈」
メイデン侯爵家には子供がふたりしかいない。
アルバスとサリウスだ。
サリウスはビシィィィィとアルバスに人差し指を向けて宣言する。
「んっ。だから、お前が継げ」
「……はぁ⁈」
「私は愛しい人の元へ婿に行く。お前が侯爵家を継ぐ。万事オッケー円満解決」
「なんですか、それはっ⁈」
アルバスは驚いて立ち上がった。
「父上には許可して貰った。だから、侯爵家はお前にやる」
「そんな勝手にっ! 私にはっ! 研究がっ!」
「別にいいじゃない。お前が後を継ぐっていっても、まだ父上は現役なんだし。早めに子供を作って、とっとと次の代に送ってしまえばいいじゃない。ハイ、解決っ!」
「なんですかっ! それはっ!」
サリウスはフッとキザな笑みを浮かべ立ち上がると、弟の隣に立った。そして、ガシィィィッとアルバスの両肩を掴み、顔を覗き込む。
「で、お前。好きな女性は出来たのか?」
「なっ……なんですかっ! やぶからぼうにっ!」
「そりゃお前。人間は単体では繁殖することが出来ないからだよ」
「は?」
サリウスは大げさに首を振ると、わざとらしく溜息をついた。
「お前が研究を続けるには後継ぎを作っておく方がいいってことだよ。妻を迎える気はないのかね?」
「何ですかっ、いきなりっ」
「だってお兄ちゃん、安心してお婿に行きたいんだもん」
「だもん、じゃないですよっ、だもん、じゃ」
アルバスが乱暴にサリウスの腕をほどくと、兄は真顔になって弟の顔を覗き込む。
「なぁ、アルバス」
「なんですか? 兄上」
「お前の話によく出てくるトレーシー嬢のことだけど」
「トレーシー君がどうかしましたか?」
「お前。その子に恋してるんじゃない?」
「……は?」
「トレーシー嬢の事情は噂になっているから私も知っている。婚約を解消したのだろう? 今ならチャンスじゃないか」
「へっ? 私が? トレーシー君に恋している? はっ? 今がチャンス? へっ?」
あわてふためくアルバスを、再びサリウスがガシッと掴む。
「アルバス。お前はトレーシー嬢に惚れている」
「ふへっ?」
「この兄が断言する。お前はトレーシー嬢の事が大好きだ」
「へ? ……私が……トレーシー君を?」
「だから、チャンスを逃すな。逃したら後悔するぞ」
「私が……トレーシー君を?」
唐突にガツンと言われて面食らったアルバスだったが。カタンカタンと音がするように心の中が広がって、その中を覗いてみれば。兄の言った通りの答えがそこにある。
「私が……トレーシー君を……」
気付いてみれば簡単であからさまなその思い。アルバスの頬がポンと赤くなったのを確認すると、サリウスはニンマリと笑顔になってウンウンと何度もうなずいた。
(私は……トレーシー君のことが……)
サリウスはそっと執務室を出て行き、ひとりきりになったアルバスは。
初めて自覚した自分の恋心に頬を赤く染めたまま、部屋の真ん中でぼうぜんと立ち尽くしていた。