「おかしいわよっ!
エリザベスは荒れていた。
あの夜会の日以降、トレーシーの事が頭から離れない。
伯爵令嬢として生まれて何の不自由もなく暮らせているというのに地味で冴えない姉を、エリザベスは心の底から嘘偽りなく馬鹿にしていた。
軽蔑しながらも嫉妬もしていた。
いつも澄ました顔をしているトレーシー・ダウジャン。
伯爵令嬢として不出来なトレーシー・ダウジャン。
持っているモノを何ひとつ上手に使いこなせていないトレーシー・ダウジャン。
恵まれているのに
だから、思い知らせてやろうと思ったのだ。
父からの愛情を独り占めすることはもちろん、婚約者を奪い、ダウジャン伯爵家を奪い――――。
なのに、どうだ?
「よりによってアルバス・メイデン侯爵令息? 独身貴族男性人気ナンバーワン。あの美貌の侯爵令息さまが、お姉さまと?」
氷の麗人と呼ばれるほど令嬢たちに冷淡な態度をとることで有名なアルバス・メイデン侯爵令息が。
甘やかな笑顔を浮かべて見る先にいるのが、トレーシーだなんて。
「なぜっ!? なぜよっ!?」
エリザベスたちは屋敷を追われ、爵位を無くして苦労したというのに。
「なぜ、お姉さまに幸せが!? そんな世の中、間違っているわっ!!」
エリザベスは気が狂いそうだった。
鏡に映る自分は母譲りの美しい金髪に澄んだ青い瞳。
丸みのある小さな顔は、顎の辺りでシュッと締まっている。
日焼けを徹底的に避けた白い肌。
小さな頃から鍛錬した、媚びるような可愛らしい仕草。
節制した食事によって維持した細身の体は小柄で、紳士の好む容姿だ。
ピンク色のドレスも、よく似合っている。
どこからどう見ても愛されるべき令嬢の姿をしているエリザベスだが、これは小さな頃からの努力の結果なのだ。
「小さな頃は……恵まれていなかったから……」
エリザベスは運が悪かった。
実父であるマックスは、伯爵。
で、あるにも関わらず、エリザベスは伯爵令嬢にはなれなかった。
マックスとの交際を反対していた祖父により、実母であるローラは男爵令嬢としての地位も奪われてしまった。
マックスの援助により金銭面で困るような事はなかったが、私生児として育ったエリザベスの生育環境は良好とは言えない。
「私は……貴族令嬢に……そして、貴族夫人になるのよ」
そのためには、計略が必要だ。
「どんな手段だって使うわ。トレーシーになんて負けていられないもの」
とはいえ、エリザベスの使える手段は限られていた。
「お姉さまに負けないために、お姉さまの作ったモノを利用すというのは。我ながら良い考えだと思うの」
現在、マックスが商会で扱っている魔法薬や魔道具は安く仕入れたモノだ。
しかし、エリザベスの手元にはトレーシーが手掛けた良質な魔法薬や魔道具がある。
「これを上手に使って、上位貴族夫人たちに取り入るのが早道よね。女性は皆、美しくありたい生き物ですもの」
エリザベスは書き物机の前に座ると、
「私には教養だってあるのですからね。お姉さまなんかに負けないわ」
ペンを握った細い手は、夫人たちの心をくすぐる文章を、小さな頃から磨き続けた美しい文字で華やかに綴っていった。
カードを添えた魔法薬や魔道具は貴族夫人たちの元へと届けられた。
ほどなくして。
エリザベスは上位貴族夫人からの招待を受けることに成功したのであった。