「何なのよ!? アレはっ!!」
「エリザベス? どうしたの?」
ひとりでドンドンと足音を立てる勢いで進んでいくエリザベスの後ろを、ユリウスが戸惑いながらついて行く。
だが、エリザベスがユリウスを気にかける様子はない。
「キミらしくないよ? エリザベス」
「……」
ユリウスが声を掛けても、いつものような笑みが返って来ることはなかった。
彼女の眉間にはシワが寄り、目はつり上がっていて、その体からは憤りが迸っている。
エリザベスは荒れていた。
(どうして
侯爵家と言えば、上位貴族である。
伯爵位も上位貴族と言えなくもないが、ギリギリといった所だ。
(その伯爵令嬢としての箔すら私は失くしたというのにっ! なぜ、トレーシー
アルバス・メイデン侯爵令息と言えば、令嬢たちの間で一番人気の独身令息だ。
恐ろしいほど整った美貌を持ちながらも令嬢たちには興味を示さないので、氷の麗人と呼ばれている。
なにより、あのメイデン侯爵家の令息なのだ。
次男で跡取りではないものの、名家に繋がる血筋。
(貴族にとっては血筋や縁戚も大事よ。それに侯爵家跡取りでなくても、あの家は複数の爵位を持っているわ。伯爵位でも子爵位でも、お父さまが得た男爵位よりは上……)
しかも、魔法省のエリート。
高収入で地位もあり、見た目も美しい男性。
なのに……。
「どうして隣にいるのがトレーシーなのよっ!?」
「エリザベス?」
ユリウスが戸惑いの声を上げる横で、父、マックスも渋面で言う。
「ああ。全くだ。トレーシーが侯爵令息と繋がりがあるなんて……。アイツ程度が働いたところで、利用価値がある人間関係など作れないと思っていたのに……」
「リトル男爵?」
「ホントですわよね、アナタ。公爵令息……アルバス・メイデン侯爵令息さまのような素敵な方との繋がりがあるのなら、エリザベスに紹介するのが当然ではありませんか」
「リトル男爵夫人?」
「お姉さまのことですもの。アルバス・メイデン侯爵令息さまのことは黙っていて、お腹の中で嗤っていたのですわ。婚約破棄のことだって、わざとかもしれません」
「ああ。アイツなら、やりかねない。自分に愛想を尽かすように持って行って婚約を破棄させて……自分はアルバス・メイデン侯爵令息さまと……」
「ありえますわね、アナタ。あの子は、本当に根性がねじ曲がっているのですもの」
「ああ、私は。お姉さまに体よくあしらわれていたのですわ。ユリウスさまとお姉さまの婚約が解消されていなければ……今頃、私はアルバス・メイデン侯爵令息さまの隣に居たかもしれませんのに」
「ああ、そうだね。エリザベス。アルバス・メイデン侯爵令息さまだって、お前を紹介されていたら迷わずお前を選んでいたさ。トレーシーなんかでなく」
「そうですわよね、アナタ。エリザベスは、こんなに美しくて、たおやかで、気品あふれる淑女なのですもの。トレーシーなど足元にも及びませんわ」
「お母さまぁ~」
「ああ、よしよし。私の可愛い天使。こんな事、間違っていますわ」
「そうだな、間違っている。間違いなのであれば、正さねば」
「お父さま? どうなさるおつもり?」
「ユリウス・イグナコス子爵令息殿」
「はい?」
勢いよく振り返ったマックスは、戸惑うユリウスに冷たく宣言する。
「キミには悪いが、エリザベスとの婚約。いったん白紙にさせて貰うよ」
「えっ!?」
「さぁ、エリザベス。早く家に戻って作戦を練ろう」
「それが良いですわ、アナタ」
「はいっ。私、そうしますわ」
呆然とするユリウスを一人残し、マックスたちはキャッキャウフフしながら帰っていった。