音楽が変わり、会場が一瞬騒めいて静かになる。
国王夫妻のダンスが始まったのだ。
優雅で美しく、仲睦まじい姿を堪能した後には、参加者たちのダンスが始まる。
「せっかくだから、二人で踊ってきたら?」
「えっ? 私たちが、ですか?」
トラントの言葉に戸惑うトレーシーに、セイデスが言う。
「そうだよ、トレーシー。せっかくドレスアップしたのだから、踊っておいでよ」
二人の男に目で促されたアルバスがトレーシーの前に立ち、手を差し出す。
「私と踊って頂けませんか? ご令嬢」
白くてスラリとした長い指を持つ美しく整った手は、いつも研究開発に勤しんでいる働く者の手でもある。
その手が優雅に優しく、トレーシーを誘う。
「でも私、ダンスは得意ではありませんわ。アルバス先輩」
「ふふ。私も得意ではないよ、トレーシー君。しかし、これだけ沢山の人たちが踊っているんだ。我々が隅っこの方でユラユラしてても目立たないと思わないかい?」
トレーシーは会場を見渡した。
色とりどりのドレスをまとった女性たちが、これまた色とりどりの衣装をまとった男性たちと踊っている。
上級者レベルのカップルもいれば、そうでないカップルもいて、人それぞれだ。
「そう……ですわね?」
「なら、踊ろうよ」
手を差し出すアルバスは、スッと背筋を立てた。
その表情は穏やかで、姿勢を正しても先ほどの冷たい印象が戻って来るようなことはない。
いつものアルバス。
少しだけ着飾った、よく知る先輩がそこに居る。
「ハイ、喜んで」
トレーシーは安心して、差し出された手の上に自分の手を重ねた。
二人並んでダンスフロアに柔らかく滑り出す。
踊る人々の間に混ざり、緩くステップを刻む。
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
「ハイ、そうですね。アルバス先輩」
重ねた手から伝わる温もりに、トレーシーの肩から力が抜ける。
優しく握ってくる手の先には青い袖口から覗く銀刺繍を施された白いレース。
視線を正面に向ければ、幾重にも重なる白いクラバットが揺れる。
視線を上げれば、穏やかにこちらを見つめる青い瞳。
「もうっ。何なの、アレ」
「どういう事なの?
「羨ましいっ。私もアルバスさまと踊りたいわ」
「いつもは誰とも踊らないのに……」
「あぁ、踊る姿も美しいわ。アルバスさまぁ~」
「ちょっとだけ、その点だけは得した気分よね。ホント、ちょっとだけだけど」
嫉妬と羨望の眼差しで令嬢たちが見つめるなか、トレーシーとアルバスは踊っていた。
令嬢たちの騒めぎは彼らの耳には入らず、クルクルと踊りながら交わす言葉は二人の間でしか通じない。
「……あの二人、踊りながら最新の魔法研究について話してそう」
「そうかもしれませんね、トラント部長」
「それにしても令嬢たちの視線が厳しいこと。アルバスの本当の姿を頑なに認めない令嬢たちにとっては、今日の姿は腹立つ以外の何物でもないだろうけど」
「本当の姿?」
「普段の、いかにもオタクって感じのアルバスよ。彼女たちによると、白衣着ている時のアルバスと、今日みたいに貴族らしい装いをしている時のアルバスは別人らしいわ」
「何ですか、それ?」
「でしょ? 氷の麗人、と言われているクールビューティ―なアルバス以外は認めないらしいわよ」
「ははっ。なんですか、ソレ?」
「女性とは思いこみが激しいものよ。特に婚約者のいない独身のご令嬢は、ね」
「ははっ。確かに普段のアルバスさまと一緒にいても、あんな風に令嬢方から睨まれることはないでしょうねぇ」
「そうでしょ? 普段のアルバスの方が素なのに。それに、睨んでも嫌味を言っても反応しないトレーシーちゃんに腹立ててるみたいよ」
「ふふ。トレーシーは全く気にしている様子がないですからね」
「まぁ、トレーシーちゃんって、そういうのに興味が全く無さそうだもの。ご令嬢方、ご愁傷様って感じよね」
「ですよねぇ。それにしても、令嬢方はあの二人を凝視してて疲れないのですかね? 鮮やかなオレンジと青って、目に痛い」
「ふふ、確かに。あの色合わせは無いわ」
「母上に言って、青いドレスでも見繕って貰おうかなぁ……アレ?」
「なぁに? あら、アレって……」
「……何しに来たんだ、アイツら」
複雑な表情で見守っていたトラントとセイデスは、意外な人物たちが二人に近付いていくのに気付いて眉をひそめた。