「出掛ける前から疲れたわ」
夜会の準備でダウトン子爵家を訪れたトレーシーは、ようやくダウトン子爵夫人から解放され、夜会へと向かう馬車の中で溜息を吐いた。
それを見たセイデスは噴き出した。
「アハハ。母上に思い切り飾り立てられたね」
「ホントよ。おばさまの張り切りようときたらないわ。力が入り過ぎでしょう?」
「ハハハ。しょうがないよ。我が家は男しかいないし。ダウジャン家と同じで質実剛健を旨とする家風だろ? 母上は退屈で仕方ないのさ。それに、久しぶりだからさ。そりゃ張り切るよ」
「確かに久しぶりね。子供の頃は、おばさまの着せ替え人形にされていたような記憶があるわ」
「
「そうそう。そうだったわね」
「せっかくの
「いいの、いいの。お父さまも自業自得よ。立場もわきまえないで好き勝手なことをするから」
「そうだね。今頃はどうしている事やら」
「興味ないわ。それよりも、今日はエスコートしてくれてありがとう」
「どういたしまして。オレもダウジャン伯爵になった事をアピールしなきゃならないからね。丁度良かったよ」
言葉の通り、セイデスは青地に金の刺繍が入った遠目でもよく目立つ貴族服を華やかにまとっていた。
細身のシルエットがスラリとした彼の体によく似合っている。
フリルたっぷりの白いクラバットは金の刺繍も施されている艶やかなものだ。
「おじさまたちは来なかったわね?」
「ああ。子爵くらいじゃ、そうそう夜会に出る必要もないし。商売の方は上手くいってるから、ダウトン子爵家として出席するまでもないのさ」
「そうなのね。貴族社会は複雑で、よく分からないわ」
「今夜は、オレがキミの後見人である事もアピールしてこないとね」
「なぜ?」
「キミを見て結婚したくなった男たちに、申し込み先を教える為さ」
「まぁ。ふふふ」
「……冗談じゃないぞ? ホントにオレは、そう思っているからね?」
「分かったわよ、セイデス。アナタは私の後見人で。私は、まだ貴族の令嬢なのね?」
「ああ、そうだよ」
「でも結婚の申し込みなんて、あるわけないと思うけど?」
「そんな事ないさ。キミは年頃のお嬢さんで、今夜は一段と綺麗だもの」
「まぁ、お上手だこと。ふふふ。……ねぇ? コレ、本当に似合っているかしら? やりすぎじゃない?」
「大丈夫だよ、トレーシー。とても似合っているよ」
「そうかしら? 派手じゃない?」
「思い切ってやっちゃった方が、トレーシーには似合うみたいだ。中途半端は似合わないよ。性格に合わせるのが一番」
「なによ、それ」
トレーシーは不満げに顔をしかめた。
いつもはしない化粧をしているせいか、表情を変えたくらいでも不快感が増す。
彼女は更に表情を歪めた。
「そんな顔をすると、せっかくのお化粧が崩れるよ」
「んー。でも、色々と塗りたくられて気分が悪いわ」
「せっかく綺麗にして貰ったんだから。会場について誰に見て貰うまでは、崩さないようにしたら?」
「そうね。頑張ってみるわ」
今日のトレーシーは、オレンジ色とゴールドを組み合わせたドレスを着ていた。
光沢のあるオレンジ色の生地をたっぷり使ったベルラインのドレスは華やかだ。
フリル使いも大胆で、白地にゴールドの刺繍が入ったレースもたっぷり使われている。
「おばさまは『若いのだから、このくらい派手でも平気よ』って言ってたけど。目に刺さるようなドレスよね」
「いや、似合っているよ。肌の色とも合っているし」
「そう?」
「髪型もいいよね」
「ハーフアップは、いつもしてるでしょ?」
「んー。いつもと同じには見えないけどな。髪飾りのせいかな?」
トレーシーの赤茶の髪の上では、ゴールドの台座にイエローとレッドの宝石を組み合わせた髪飾りが輝いていた。
大胆に開いた胸元には、お揃いのネックレスが輝く。
「そうかもね。それに、おばさまの侍女が丁寧に髪を梳いてくれたから、少しは違うのかも」
「みんなの力作なんだ。会場で見せびらかしてやれよ」
「もう、セイデスったら」
二人は顔を見合わせて笑った。