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第7話

 トレーシーは自分に割り当てられた部屋に入ると小さなベッドに腰かけて溜息を吐いた。

「ふぅ。今日からココが私のお城ね」

 アルバスたちに別れを告げた足で、これから自分が住むことになる部屋へと真っ直ぐにやってきたのだ。

「なんだか二人には、必要以上に心配されちゃったわね。私は一人でも大丈夫なのに」

 心配しすぎて部屋まで付いてきそうな勢いだったが、この一角は男性が入れないようになっている。

「男子禁制な上に女性近衛隊の方々もウロウロしているのだからココ以上に安全な所なんて、なかなか無いと思うけど」

 高位貴族女性のなかには、魔導士団や近衛隊に所属する者もいる。

 彼女たちも同じエリアに居室を持っているので、いざという時には頼ることができるのだ。

「魔道具とかの打ち合わせで顔を合わせたりしていますから、割と仲良しですしね?」

 魔導士団から出向している女性近衛兵も居るし、魔法が得意でない近衛兵は魔道具で補うのが普通だ。

 近衛隊や魔導士団に所属している者たちと彼女は頻繁に顔を合わせている。

 だからか初めての一人暮らしといってもトレーシーには危機感があまりない。

 それに魔法省で用意してくれた王城の部屋で過ごすのは、これが初めてではないのだ。

 仕事で忙しい時に仮眠をとったり、体調が悪いときの休憩に使ったりなど、これまでにも何度か利用することがあった。

 トレーシーにはココで暮らすことに関しての不安は全くない。

「いきなり家を借りて一人住まいを始めたならともかく。王城の居室なのだから、あそこまで心配しなくてもいいのにね」

 トレーシーは窓の外に目をやった。

 使用人とはいえ、さすが高位貴族女性たちが使用する部屋だ。

 窓からは美しく整えられた中庭がよく見える。

「ダウジャン伯爵家にある私の部屋に比べたら小さいけど……まぁ、これだけあれば十分でしょ」

 ベッドに小さなクローゼット。

 書き物が出来る小さな机。

 ゴチャゴチャした環境を好まないトレーシーにとっては、これだけあれば十分だ。

 コンパクトな部屋だがインテリアは品よくまとめられていてストレスなく過ごすことができる。

 荷物は魔法収納庫を使っているから、あえて部屋に広げる必要もない。

「いずれは部屋を借りるにせよ、今の所はココで十分だわ。あまり必要な物もないし……日中は仕事しているだろうし……」

 王城には職員用の食堂もあるし、生活には困らない。 

 魔法の研究や開発には沢山の資料や道具が必要だが、それは実験棟のほうにある。

 普段使う物といったら制服となっているローブなど少量の着替え程度。

「タオルとかシーツとか。備品も用意されているし、洗濯もして貰えるから楽よねぇ~」

 働く令嬢といっても一応は高位貴族の娘であるトレーシーは屋敷に居た頃から洗濯など家事に従事したことはない。

 もっと他にやる事が沢山あったからだ。

 もちろん、普通の令嬢たちとは中身が大きく異なる。

 刺繍をしていたわけでも、お肌のお手入れをしていたわけでもない。

 トレーシーは、着飾る事にも、綺麗になる事にも、あまり興味がなかった。

「肌や体のお手入れも他人にして貰うのは気を使うから好きではないし」

 貴族の令嬢であれば通常、肌や髪、体の手入れは侍女たちにやって貰うのが普通だ。

 しかし、トレーシーは殆どして貰った事がない。

 だからといって全く無頓着かというと、そうでもないのだ。

「魔道具があれば一人でも楽々お手入れ可能。私も気持ちが良いことは好きだわ」

 トレーシーの研究開発は、趣味と実益を兼ねていた。

「私にとっては魔道具を作ることは簡単なことだから。他人にして貰うのが嫌なら魔道具を作って、それを使えばいいのよね。今までは女性で開発する人がいなかったから美容分野は需要に対して供給が間に合っていなかったけれど。私は得意な上に興味があるのだもの。活用しなきゃ。そのおかげで魔法省にも入れたし、ね」

 トレーシー自身は、魔法を使えば大体の事は出来る。

 あえて魔道具を使うまでの事もない。

 しかし道具を使う方が圧倒的に楽だ。

 活用しない手はない。

 それに、魔力の少ない者や使い方が下手な者にとって魔道具は便利なものである。

「魔法が使える、と、魔法が上手に使える、という事は。同じようで全く違うもの」

 そこを補助する役割をするのが魔道具だ。

 魔道具があれば、お手入れなど簡単に自分で出来る。

 今までは女性で魔道具の開発に関わる者が少なかったため、人の手に頼るしかなかった。

 だが、今は違う。

「私が作った魔道具があれだけ売れるって事は需要があった証拠よね。魔法を使う技術については訓練で何とかなる人もいればそうでない人もいるのだから、魔道具は少しでも簡単に使いこなせた方がいいわ。それに楽なのだもの。忙しい時でも失敗なく必要な事ができるって安心」

 トレーシーは女性が必要とする様々な物の開発に関わっている。

 自分で需要を探って研究し、魔道具に落とし込んでいく。

 それは楽しい作業ではあるが、売るのはなぜか父の商会だった。

「それがお金に結びつけば、なお良いわよね?」

 魔法省所属の職員が商売に携わる場合、魔法省の事務方が間に入ってくれる。

 だから売るのが父の商会だったとしても、それなりのお金は入ってくるのだ。

「私の作ったモノの価値は認めなくても、売れるモノには弱いから」

 トレーシーは溜息を吐く。

 家庭内では浮きまくっていた彼女だが学園など外の世界ではそうでもなかった。

 友人など身近な女性の悩みに接する機会も多く、それを解消してあげたいと思ったのが魔道具開発の始まりだ。

 研究開発は魔法省に就職する前から行っていたことであり、趣味に近い。

 仕事ではなく趣味だったからこそ、魔法陣・魔道具・魔法薬と幅広く扱えるようになった、とも言える。

 趣味とはいえ優秀な彼女は数々の実績を残してきた。

 それをトレーシーは個人で『特許』という形にして所有している。

「商売に繋げてしまう辺りは、お父さまに似たかしら? とは思うけれど。お金も稼げて皆さんの生活が楽になるなら、ウインウインで良いことだわ。そう思って色々とやってきたから。今は働かなくても大丈夫なくらいの収入は、特許だけでもあるのよね。でも、お金はいくらあっても良いし。私は研究開発が好きだから天職よね?」

 ダウジャン伯爵家の事は気になるが、今となっては仕方ない。

「私は私の出来ることをする『グゥー』ぞー!」

 天井に向かって両手を突き上げれば、タイミングを見計らったようにお腹が鳴った。

「んっ。まずは腹ごしらえねっ!」

 トレーシーは勢いよく立ち上がった。

 王城の職員向け食堂は安くて美味い。

「あそこの料理なら飽きずに食べられるわよね」

 トレーシーは勝手知ったる食堂のメニューを思い浮かべながら、今夜は何を食べようかとワクワクしながら部屋を後にした。

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