シェリング侯爵家についてからも、ルノは喋らなかった。
ルノはオレをエスコートなんてしない。
オレが拒否したからだ。
最初に拒否した日以降、エスコートはされない。
ルノはスッと背筋を伸ばした美しい所作でオレの前をスタスタ歩いていく。
エスコートされなくても、前をスタスタ歩かれても、困ることなんてない。
勝手知ったるシェリング侯爵家の屋敷だ。
迷うことはない。
でも無言のお前に後ろから付いて行くのは、不安だよ? ルノ。
どこへ行くの?
何をするつもり?
なぜ、黙っているの?
次に口を開いた時、何を言われるのか、怖いよ……ルノ。
不安に襲われるオレの前で、ルノがピタリと足を止めた。
その場所にオレは覚えがある。
オレの部屋。
奥さま部屋だ。
「……」
ルノはドアを開け、仰々しく頭を下げながら部屋に入るように手でオレを促す。
「……」
恐る恐る奥さま部屋へと足を踏み入れたオレは、驚きに目を見張った。
「これ……は?」
そこは、オレの知っている奥さま部屋ではなかった。
花柄とフリルやレースに埋もれた部屋は、どこにいった?
ピンクの洪水みたいな部屋は、どこに行った?
デカいベッドは変わらずドーンと中央に置いてあった。
しかし天蓋付きのベッドに下がるのは、フリッフリのカーテンではない。
「これは……ルノの色?」
レースとフリルのお化けみたいなカーテンは、シンプルな銀と青を使ったカーテンに変わっている。
レースは使われているが、甘さ控えめのスッキリしたモノが使われていた。
色はルノの銀髪を思わせる光沢のある白と、瞳の色と同じ青が使われている。
花柄は姿を消した。
代わりに使われているアクセントは、青みがかった銀色の刺繍。
涼しげな色合いの部屋に置かれている家具はシンプルで上品なものに変わっていた。
壁紙も、青と銀を使った幾何学模様が淡くあしらわれている落ち着いたデザイン。
奥さま部屋は文字通り、ルノの色に塗り替えられていた。
「とりあえず、私の色に整えさせて貰ったよ。キミ好みに変えて貰って構わない。ココはキミの部屋だから」
「でも……コレ……」
「キミは男性だから、シンプルな方がいいかと思って。もちろん、趣味に合わなければ変えて。予算はマーサに伝えてある。セルジュも承知しているから、男性の意見が聞きたい時には彼に相談するといい」
「あ……」
家具の類は薄茶色。
オレの色だ ――――――。
「あと……キミは、シェリング侯爵夫人ではなく、シェリング侯爵配だから」
「え?」
「キミは男だから。夫人ではおかしいだろ?」
「あ……」
そうだけど。
そうだけれども。
そうだけど。
「だから書類を書き直させた。もともとアルが悪いんだから。このくらいさせる」
奥さま部屋は、ルノとオレの色に変わっていた。
オレはシェリング侯爵夫人ではなく、シェリング侯爵配になっていた。
目の前の男は、冷たくすら見えるほど感情を感じさせない表情をしている。
その唇は、青ざめているようにすら見えて。
……えっ?
ルノ、緊張していたの?
緊張していただけ?
怒っているのでもなく、突き放すでもなく、ただ緊張していただけ?
えっ?
感情の現わし方すらポンコツかよ。
これが、オレの
「なぁ……ダメか?」
ルノの青い瞳がオレを見る。
どこか気弱な澄んだ瞳が揺れている。
「私の……側には、居たくないかい?」
「そんなこと……」
オレは……嬉しかった。
嬉しい、で、いいんだよな?
迎えに来てくれたことも。
奥さま部屋のインテリアを変えてくれたことも。
国王陛下に直談判して、侯爵夫人から侯爵配に変えてくれたことも ――――――。
「嬉しい」
オレに配慮してくれていること。
オレが幸せになれるよう、考えてくれたこと。
オレの事をルノが考えてくれることも、側に居て欲しいと思ってくれていることも、全部全部。
「嬉しいよ、ルノ」
ルノはホッとしたように全身の緊張を解いた。
「オレは、ルノの側に居たい」
驚いたように目を見張って、こちらを見る青い瞳。
「ルノの側に居る」
彼は口をパクパク開けたり閉めたりしているけれど。
言葉が出てこないようだ。
「オレは……」
ルノがオレを望んでくれることが嬉しい。
オレはルノの側に居たい。
それで、いいんだよな、オレ?
オレは自分の気持ちに念押しをしながら、愛しい男に向けて満面の笑みを浮かべて言う。
「ルノ。愛してる」